謎が謎呼ぶ世田谷婦人。
めぐみは『謎多き女』と言いながら、根拠も無く決め付けている紗耶香に懐疑的になっていた――
「で? ひろ子さんはSMクラブの女王様で返済したと……?」
「定かでは無いんですけどぉ、何年かして突然、姿を現した時にはぁ、借金は完済してぇ、駅から少し離れた所にぃ、マンションを建てたそうなんですよぉ」
「莫大な借金を完済した上に、不動産を手に入れていたと?」
「最近の話ではぁ、そのマンションの家賃収入を元手にぃ、中古のアパートを購入しているんですよぉ」
「なぁ――んだ、要するに大家さんになっていたんですね。立派な経営者じゃないですか。SMクラブの女王様? そんなの、噂ですよぉ、嘘に決まっていますよぉ、えぇ。あんな清楚で凛とした麗しい人が性風俗? しかも、SMクラブの女王様だなんて、あっはっは、有り得ませんよぉ。やだなぁ、もう、紗耶香さんったらっ!」
めぐみは、世間知らずな紗耶香が、無責任な人の噂を真に受けていると思い、可哀想にさえ思えた。そして、話を聞いて損をしたと感じていた。だが、めぐみが呆れて生暖かい視線を送るものだから、紗耶香は毅然と言い返した――
「じゃあぁ、めぐみさんに、お聞きしますけどぉ、女がぁ、裸一貫でぇ、どうやってぇ、莫大な借金を返したんですかぁ!?」
「えぇっ、どうやってと言われも……うーん、それは、恐らく旦那さんの保険金とか……親族からの援助とか……幾らでも、手は有ったんじゃないですか?」
「ちょっ、めぐみさんはぁ、世間知らずなんですよぉっ! 援助? そんなものが有ればぁ、自殺なんてぇ、しないんですよぉ。借金取りにぃ、追い込まれてぇ、自殺したんですよぉ? 人がひとり死んでいるんですよぉっ! 親戚一同、ケツの毛羽まで抜かれてぇ、空っ穴なんですよぉ」
めぐみは、何時もとは違う紗耶香の強い語気にたじろいだ――
「いやっ、でも……」
「マンションの家賃収入くらいでぇ、寄進なんて出来る訳がぁ、無いんですよぉっ!」
「あぁ、まぁ、寄進する額にも寄りますけどぉ……紗耶香さん、仮にSMクラブの女王様が儲かるとしても、莫大な借金の返済をした上、不動産購入が出来るとは、とても思えないんですけどぉ……」
「だ―ぁ、か―ぁ、ら―ぁ。謎なんですっ! 謎多き女なんですよぉ」
めぐみが紗耶香に追い込まれている時、ひろ子は寄進を済ませ、神主と神職の者達に感謝されると、典子に見送られて参道を去って行った――
「きゃ――っほ、らんらん、きゃっほ、らんらん。YES! うぉおっ、しゃ――――――あっ!」
典子は拳を天に突き上げたり、腰を振ったり、不思議な踊りを踊っていた――
「うわぁ、典子さんが壊れている……」
「めぐみさんはぁ、知らないでしょうけどぉ、あれはぁ、典子さんのぉ、歓喜の舞いなんですよぉ」
「歓喜の舞い? あんな舞いが有ったかしら……」
「あくまでもぉ、個人的なぁ、奉納の舞いなんですよぉ。つまり、最高に嬉しいって事をぉ、全身で表してぇ、神に感謝をしているんですぉ」
典子はふたりの視線に気が付いた――
「紗耶香さん、めぐみさん。これで、神社の経営状況は丸っと解決したわっ! ひゃっほ――――いっ!」
「紗耶香さん、典子さんが、あんなに無邪気になるなんて……」
「それはぁ、寄進の額がぁ、ハンパじゃないってぇ、事を意味しているんですよぉ」
「えぇ? そうなんですか。ねぇ、典子さん。ちなみに、寄進の額って……?」
‶ さ、さ、三千万円――――――――――んっ!! ″
「もうね、改修工事費用もPAY! 石柱も玉垣も瑞垣までバリっとPAY! 余裕のPAY、PAYなのよっ! 私達の給料も三時のお茶菓子も、全てが……ぐっすん。グレード・アップするのよんっ!」
嬉しさからか欲望からなのかは定かでは無いが、典子の眼には光るものが有った――
―― 一月二十八日 先勝 辛巳
喜多美神社は神聖な空気の中に慌ただしさが有った――
「さーてと、紗耶香さん、めぐみさん。松永様に返礼品を届けて頂戴。くれぐれも失礼の無い様に。良いわねっ!」
「はぁい」
「はいっ!」
「もう直ぐ、ハイヤーが来るからね。本当は私が行きたいのだけど。節分の打ち合わせが入ったから。松永様にヨロシク伝えておいてね」
「はぁい」
「はいっ!」
程なくして、ハイヤーが来ると紗耶香とめぐみは返礼品を持って乗り込み出掛けて行った――
「ちょっと、ピースケさん。ダラダラしないで、もっとテキパキ働いて」
「はい……」
「あら? 元気無いわねぇ、どうかしたの?」
「だって、めぐみ姐さんも紗耶香ちゃんも、よそよそしくって。内緒話ばかりして……僕だけ仲間外れなんですよ。典子さん、松永様の『謎』って何なんですか?」
「全く、もうっ、あのふたりったら! ピースケさん。世の中には知らなくて良い事が沢山有るのです。この世の中で生きて行くためには、片目、片耳を閉じて生きるのが丁度良いんです。余計な事を詮索したり首を突っ込んだりしないで、目の前にある仕事を無心でやりなさい。分かったわねっ!」
「はいっ!」
典子の意見に反して、紗耶香とめぐみの眼は爛々と輝き、耳はダンボになっていた――
「謎多き女の実態や如何にっ!」
「絶対にぃ、パトロンが居るんですよぉ」
「パンタロン?」
「パトロンですよぉ。スポンサーですよぉ、バックが付いているに決まっているんですよぉ」
「うーん、バックで突いてキメているのですか?」
「もう、めぐみさん、エッチな事ばかり考えてぇ、笑わせないで下さいよぉ。でもぉ、もしかしたらぁ……」
「もしかしたら?」
「後妻業的なぁ、高齢者からガッポリ、ポッケ無い無い、ウハウハなのかも知れないですよぉ」
「うーむ。あのルックスから類推するに、後妻業は有り得るっ! 身寄りの無い資産家を誑かすなんてお手の物。チョロい仕事と言えましょう……」
紗耶香とめぐみが、ハイヤーの中で妄想なのか推理なのか分からない事を話していると、現場に到着した。そこは、昭和三十年代に建てられた古びたアパートのリフォーム現場だった――
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