YA!YA!世田谷婦人がやって来たっ!
眠りに落ちて暫くすると、人肌のぬくもりを感じた――
「七海ちゃんの布団は暖かいねぇ。最高……ん? ちょっと、あんた誰っ!」
めぐみが電気を点けると、そこに良仁が居た――
「めぐみさん、人生が書き換わって、本当に幸せです」
「良仁さん、もう、蘇ったのにどうして?」
「私が幸せになった様に、人生が書き換わって不幸せになってしまった人達も居るんでしょうね……お気の毒に……」
めぐみは、良仁に言い返したが声が出なかった。すると、目が覚めた――
「あれ? なんだぁ、夢かぁ……夢を見たのかぁ……」
良仁の人生が変わった様に、運命の日の死傷者三十七名とその関係者の人生が変わってしまった事を直感で感じた――
めぐみは、すっかり目が覚めてしまった。窓を開けて部屋の空気を入れ替えながら夜空を眺めると、下弦の月が輝いていた――
「もう真夜中か……死神さんが探している八人がすぐに見つかると良いなぁ……」
―― 一月二十六日 大安 己卯
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「掃除終わりましたぁ。あれ? 典子さんが居ないよ。ピースケちゃん、典子さんは?」
「さぁ……そこに居たと思ったんですが、僕も作業に集中していたんで」
「めぐみさん。のりこさんはぁ、社務所に呼ばれてぇ、今は居ないんですよぉ」
「社務所に? あぁ、そうですか。何か用が有ったんですね」
「典子さんはぁ、アレの日だからぁ、呼ばれたんですよぉ」
「アレの日って、紗耶香さん、ピースケちゃんの前で、そんなん暴露しなくても。まぁ、生理痛は辛いですからねぇ……」
「もう、めぐみさんっ! ピースケ君の前でぇ、私がそんな暴露をぉ、する分け無いじゃないですかぁ。大体、典子さんのぉ、アレの日に関心が有る人なんてぇ、日本全国探してもぉ、ひとりも居ないんですよぉっ!」
「あははは。ま、そりゃそぉーだっ!」
「めぐみさんはぁ『アレの日』を知らなかったですよねぇ」
「はぁ……」
「アレって云うのはぁ、つまりぃ、寄進の事なんですよぉ」
「寄進? まぁ、嬉しいっ!」
「寄進する人と云えばぁ、西の横綱がぁ、大森文子さんでぇ、東の横綱がぁ、松永ひろ子さんなんですよぉ」
「あっ! 大森さんと云えば、狛江ババア。その、松永ひろ子さんは‥‥‥」
「そう。世田谷婦人なんですよぉ」
「紗耶香さん、そう云えば、朝から神職の人達が慌ただしく動き回っていたのは、それでなのですねっ!」
「そう、なんですよぉ」
そこへ、社務所から典子がニコニコと笑顔で戻って来た――
「有難やぁ、有難やぁ。ふ――ぉっ、ふ――ぉっ、ふおっ。皆さんっ! 今、連絡が有って、松永さんがいらっしゃいます。お出迎えの準備をっ!」
「はい」
「はいっ!」
「はい……」
全員で授与所を出て、お出迎えの態勢で待ち構えていると、鳥居の向こうに人影が見えた――
「いらっしゃったわよっ!」
「あれれ? 寄進されるような方だから、てっきり黒塗りのお車で来ると思ったら……徒歩ですか?」
「紗耶香ちゃん、あの人が世田谷婦人なのですか?」
「めぐみさんもぉ、ピースケ君もぉ、知らないでしょうけどぉ、世田谷婦人はぁ、謎多き女なんですよぉ」
「紗耶香さん、謎多き女とか云う物じゃありません。罰が当たりますよっ!」
「はぁ――い。すみません……」
世田谷婦人は、身長は百五十三センチ程、小柄で小さな肩と大きな胸をゆったりと揺らしながら確かな足取りで鳥居の前まで来ると、一礼して鳥居をくぐった――
実年齢は大森文子より年上のはずだが、何故か若く見えた。小顔を尊ぶ今の若者と違い、張りの有る輪郭に低い鼻筋の先に小鼻の可愛い鼻。三角刀で彫ったような人中が小さくて肉付きの良い唇を際立たせていた。皴が無く、丸くて綺麗な瞳に愁いを湛え、ほんの少し白い物が混じった髪の毛だけが年齢を感じさせていた――
「あの人が世田谷婦人なのかぁ……三十五歳って言われても信じてしまいそう。綺麗な方ね……」
「めぐみさん。大森さんが狛江ババアで、松永様が世田谷夫人と呼ばれる訳が分かったでしょう」
「はい。狛江と世田谷の格差を差別していたのではなかったんですね……」
手水舎で清め、狛犬の横を通り歩みを進めた時、心做しかアッチャンとウッチャンの尻尾がぷるっと振れた――
「皆様、こんにちは。本日は宜しくお願い致します」
「松永様。それでは、御案内致します。此方へどうぞ」
典子に案内されて社務所へ行き、その後、拝殿に昇殿した――
「ちょっと、ちょっと、紗耶香さん。さっき、典子さんに『世田谷婦人は謎多き女』だと言ってましたよね? どんな謎なのか教えて下さいよ」
「あぁ、まぁ、ちょっと、此処ではぁ、言えないんですよぉ」
「え? 何でですか? 良いじゃないですか」
「センシティブな話題なのでぇ……」
「……はぁ? あ――ねぇ」
紗耶香がチラチラと目配せをしたので、ピースケの前では言い辛い事だと察し、ふたりで外に出た――
「紗耶香さん、此処なら大丈夫です。女同士、腹を割って話をしようじゃあ――りませんか。女子会トークって奴ですよ。ねっ!」
「めぐみさん、そんなぁ、大仰な物じゃぁ、無いんですけどぉ、耳を貸してくださいね。噂なんですけどぉ、世田谷婦人はぁ……ヒソヒソ、コソコソ」
「えぇ――っ! SMクラブの女王様――――っ!」
「声が大きいんですよぉ、耳打ちした意味がぁ、無いじゃないですかぁ」
「あぁ、すみません。でも、それって本当ですか? 俄かに信じ難いんですけど……」
「松永ひろ子さんとぉ、大森さんはぁ、真逆なんですよぉ」
「真逆?」
「共通点はぁ、御主人に先立たれてぇ、未亡人になったとぉ、云う事だけなんですよぉ」
地元でも有名な資産家に嫁ぎ、旦那に先立たれるや莫大な遺産を手にした文子。一方、旦那が事業に失敗し、莫大な借金を抱えたま自殺してしまったひろ子の人生は、紗耶香の指摘通り真逆だった――
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