書き換えられた人生。
ロマンスを夢想するふたりとは対照的に、ピースケの顔色は曇っていた――
「ピースケちゃん、どうしたの? 元気無いねぇ」
「いやぁ。別に……」
「分かったっ! 紗耶香さんを盗られて悔しいんだ。まぁ、あぁも簡単に寝返ると何だかなぁ……ってなるよねっ! 分かるぅ――――っ!」
「そんなんじゃぁ、有りませんよっ!」
「じゃあ、何よ?」
「めぐみ姐さん、冥府の使者と縁を結んだって事は、大変な事ですよ。自覚ないんですか?」
「自覚って言われても……何が大変なのかさっぱり分かりません。おせーてっ!」
「あのですねぇっ! 天の国と冥府にパイプが出来たって事は、重大なんてモンじゃ有りませんよ、空前絶後の一大事ですよっ!」
「もう、大袈裟だなぁ……そう云うピースケちゃんは、冥府に行った事。有る?」
「『海外旅行に行った事有る?』みたいな聞き方は止めて下さいよ。ハワイやグアムとは訳が違うんですよっ! 冥府ですよ?」
「だから――ぁ、ピースケちゃんは行った事が無いんでしょ? そんな、一大事じゃないよ? 狛犬のアッチャンとウッチャンと、この参道から入ったんだから」
「参道は産道とも言いますよ」
「なるほど。産道は穴から……って下ネタかっ!」
「死神は通常、地上には現れないはずなんです、それが、普通に歩いているだけでもビビりますけど、めぐみ姐さんとお友達になっているなんて、ビビりまくりですよっ!」
「ん? お友達じゃなくて、私は死神さんと契りを結んだの。これは、その時に貰ったエンゲージリングだから」
「どぉえぇぇ――――――――えっ! どーするんですかっ! そんな事を勝手にしてぇ、天国主大神にバレたら大変ですよっ!」
「平気平気。だって、嘘なのよんっ! かりそめの契り。便宜上、そうなっただけなの」
「べ、べ、べ、べ、便宜上も何も、契りは契りですよっ! 縁結びの女神が冥府の使者の妻になるだなんて……そんな事が、許されるのでしょうか?」
「うん。許されるよ。だって、見たでしょ? 彼はつまり……私が地上勤務になったあの日『運命の日』に死ぬはずだった者を地上に探しに来ているの」
「えぇっ……本当ですか?」
「うん。何でも、八名の者の行方を追っているんだって。私が運命を変えちゃったでしょう? 冥府にも迷惑掛けちゃったみたいで。へけっ!」
「なるほど。少し読めて来ましたよ……分かったっ! めぐみ姐さんが運命を変えてしまった事で死者の名簿から名前が消えたんだっ! そして、その八名の者を冥府に連行するために地上に来ていると云う事かぁ……」
「そうよ。分かった? 分かったら、さぁ、仕事仕事っ! あっ……和樹さんにはこの事は内緒ね」
「分かってますよ。ってか、言えないですよ」
「どうかしたの?」
「兄貴は南方と和解してからも山に籠ったり、ジムに通ったりして『ぜってぇ、負けねぇ! 負ける気がしねぇっ!』って吠えまくっているんですよ」
「あっ『負ける気がしねぇって、言うのはぁ、勝てる自信が無い奴が粋がって言う事だお』って七海ちゃんが何時も言ってた」
「はい。何か、必死なんですよね。不測の事態に備えられなかった自分が許せないみたいで……」
「人生色々。男も色々ねぇ」
めぐみはクールでスマートな死神と、熱血漢の和樹を無意識に比べていた。そして、ピースケの前ではふざけて居るフリをしつつ、あの日、死ぬはずだった八名が何者なのか思案していた――
「確かあの日、死傷者三十七名の大事故が起きる筈だったのよねぇ……死神さんがあんなに一生懸命探しているって事は、どうしても冥府に連行しなければならないって事だと思うのだけれど……あの中にそんな極悪人が居たのかしら……?」
日も傾き、めぐみは一日の仕事を終えて帰宅する事にした――
「お疲れさまでした! お先でぇ――すっ!」
「めぐみさん、お疲れ様。気を付けて帰ってね」
「あざっす!」
参道を歩いて鳥居をくぐると、夕暮れ時にヘッドライトの閃光と共に爆音がやって来た――
‶ フォ――――ンッ、バォ――――オンッ、バォ――――オンッ、ヴォォ――――オンッ! ″
「いきなり、フェラーリ? 噂をすれば、津村武史がやって来たって事か……」
スゥ――っと、ウインドウが下がると、見慣れた顔が出て来て驚いた――
「めぐみお姉ちゃんっ!」
「あれっ? 七海ちゃん?」
「めぐみさん、今晩は」
「あ、良仁さん。どーしたんですか? この車」
「あぁ、コレ? 中古だよ。新車を買いに行って注文したらさぁ、納車が何年先か分からねぇってんで、それまでコレで我慢よっ!」
「めぐみお姉ちゃん、迎えに来たおっ!」
「馬鹿だなぁ、七海。ふたりしか乗れねぇよ」
「あははは。しかし、良仁さん、豪勢ですねぇ」
「それもこれも、めぐみさんのお陰ですよ。家を建てるための預金もそのまま、何より持ってた株が複利で爆上がりしていたんでね。そうさなぁ、今度はゲレンデかポルポルちゃんの、四人位乗れる奴で来るからよっ!」
「期待しないで待ってまぁ――す。それじゃあ、私は自転車だから。さよなら」
「めぐみお姉ちゃん、その内、また泊りに行っからさ。そん時はヨロシク! ばっははぁ――いっ!」
‶ フォンッ、フォンッ、フォンッ、バォ――――オンッ、バォ――――オンッ、ヴォォ――――――――――ンッ! ″
めぐみは去って行く車を見送り、自転車に跨ると帰路に就いた――
「しかし、良仁さんの終わった人生が再び始まると、持っていた株が爆上がりしていたなんて、色んな事が繋がって蘇るのね……七海ちゃんも由紀恵さんもリッチになって良かったよ」
めぐみは帰宅すると、ゆっくりと湯船に浸かり、温まって風呂から上がると、正しい作法でコーヒー牛乳を飲んだ――
「ぷっは――ぁ、コレが最高なのよねぇ。うふふ」
夕食を作り、ひとりで食べて後片付けをすると、七海の事を思い出した――
「うるさくっても、迷惑でも、七海ちゃんが居ると楽しかったなぁ……そうだっ! 今夜は何時も七海ちゃんが使っていた布団で寝るとしよう。うんうん」
七海の布団を敷いて寝転ぶと、七海の臭いがして懐かしく感じた。そして、すぅっと眠りに落ちて行った――
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