探し物は、何ですか?
その指輪は装着感が無く、外そうとしても力が上手く入らなかった。額にじっとりと汗を掻き、歯を食いしばって力を入れても外れ無かった。そして、典子と紗耶香の冷ややかな視線に背中に冷たい汗が流れると、思わず声が出た――
「うぐっ……助けてぇ――――――――っ!」
‶ ぼわぁわぁわ、わぁ――――――――――――んっ! ″
「お嬢さん。お呼びですか?」
突如、そこに現れたのは冥府よりの使者、死神その人だった――
「あぁっ!」
「えぇ―――――ぇっ!」
「めぐみ姐さん、マジでぇ――――っ!」
典子も紗耶香も、突然、目の前に人が現れた事に驚いて目を疑った。何より、死神は銀色の髪に抜けるような白い肌、鋭利なナイフで削り落としたような鼻筋、濡れた艶やかな唇、涼し気な目元には血の通わない冷たい瞳がキラッと光り、あまりにも美しかった。そして、ピースケは死神の存在にマジでビビっていた――
「うわぁっ! びっくりしたなぁ。どうして、此処に……?」
「たった今、助けてと……仰いましたね?」
「あっ、はい……」
「フッ。ですから、助けに来たのですよ。お嬢さん」
「本当ですかぁ……この指輪が外れなくってぇ、困っているんですよぉ」
「そうでしたか。では、私が外してあげましょう」
死神は、めぐみの左手を優しく両手で包むと、そっと指を添えて外した――
「あ――んっ、力を入れずに、そっと外せば良かったんですねっ!」
「ええ。ちょっとしたコツが有るのです。私とした事が、ご迷惑をお掛けしましたね」
「いえ、良いんですぅ」
死神は外した指輪をめぐみの手の平に乗せると、懐からチェーンを取り出して指輪を通し、めぐみの首の後ろで留めてネックレスにした――
「うわぁ、綺麗なチェーン。これなら良いですねっ!」
「満足して頂けたようですね、お嬢さん。あっ、それから皆さん。彼女は私に貰った指輪をしていただけです。しかし、仕事中は邪魔ですし、左手の薬指では誤解を招きます。外しましたので、どうかお許しを」
「やだぁ、許すだなんてぇ。良いんですよ。気にしていませんから。ねぇ、紗耶香さん」
「はい。全然、平気なんですよぉ」
死神に見とれて、ポーッとなっているふたりに、めぐは呆れた――
「それでは、皆さんお騒がせしました。さようなら」
「あぁ、じゃあ、私、鳥居の所まで送って行きまぁ――す。良いですよね、典子さん?」
「あぁ、そうね。送ってあげてっ! うふふっ」
紗耶香は通常なら『勤務中はダメ』と言い切る、典子が良い格好をして親切ぶるのが癪に障った――
「典子さんはぁ、良い男を見るとぉ、態度が百八十度変わるんですよぉ」
「確かに。露骨に声のトーンが変わりましたね」
「紗耶香さんもピースケさんも、良く聞きなさい。人には親切にしてあげるものよ。徳を積まない人間の最後は悲惨。孤独なものよ」
「ちょっと、良い男を見ると見るとぉ、これだから、嫌なんですよぉ」
「何よっ! ピースケさんと仲良くして下さいなぁ―――――だっ!」
「吾郎さんがぁ、居る癖にぃ、このぉ、浮気女がっ!」
「まぁまぁ、おふたりとも、仲良くして下さいよ」
参道を歩くめぐみと死神の会話は弾んでいた――
「私ったら、すっかりこの指輪の事を忘れちゃってぇ……」
「いや、その指輪には装着感が無いので仕方有りませんよ」
「私ったら。もう、お馬鹿さん。てへっ」
「あははは。その指輪の力の事を伝えなかった私がいけないのです」
「指輪の力?」
「えぇ。その指輪に話し掛けると、私が駆け付ける様になっているのです」
「本当ですかぁ?」
「勿論、本当です。私に出来る事なら何なりと、お申し付けください。今は指から外しているので、これからは、その指輪を握って話し掛けて下さい」
「分かりましたぁ。何だかジーニーみたいで、嬉しいなっ!」
「あはは。私は三つ以上の願いを叶えて上げますよ」
「うわぁ! やったー!」
「あははは」
めぐみが大喜びで嬉しそうにしている姿に、死神は微笑みで答えていた。だが、参道も終わりに近付き、鳥居の前に来ると顔色が曇った――
「お嬢さん、私はあの日、冥府に連行出来なかった八人を探しています。ご協力をお願い出来ますね?」
「あぁ、あのぉ、私に出来る事なら……何なりと……」
「ありがとう。あの日、お嬢さんが運命を変え、そして、私達は出会う事になった……お嬢さん、これがあなた様の縁結びの力ならば……御縁に感謝を。では、さようなら」
‶ ぼわぁわぁわ、わぁ――――――――――――んっ! ″
「あぁっ! 消えちゃったよ……」
めぐみは、消えた死神に名残り惜しさを感じていた。そして、踵を返して授与所に戻った――
「戻りましたぁ」
「ちょっと、めぐみさん、あの人誰っ!」
「誰って言われても……」
「あの人はぁ、めぐみさんのぉ、彼氏なんですかぁ?」
「嫌だなぁ、彼氏なんて居ませんよぉ、知ってる癖にぃ」
「本当にめぐみさんの彼氏じゃないなら、紹介してっ!」
「典子さんにはぁ、吾郎さんが居るじゃぁ、ないですかぁ。めぐみさん、紹介するならぁ、私に、紹介して下さいよぉ」
「何よっ! あなたにはピースケさんが居るでしょう。すっこんでろっ! ねぇ、独身なの? 年齢は? 年収は? お仕事は? どこに住んで居るの?」
「だからぁ、名前も知らないですし。ほら、何時もパンを焼いて持って来るぅ、七海ちゃんのお父さんのぉ、知り合いでぇ、たまたま、お礼に指輪を貰っただけなんですよぉ」
典子も紗耶香も少しガッカリしたが、めぐみが本当に相手の事を知らない事が、却って興味を引いたのか、立ち直りは早かった――
「めぐみさんの物でないなら、今度来た時に名前聞いちゃおっかなぁ。ふふふんっ!」
「『ふふふんっ!』じゃないんですよぉ、この、色ぼけババアっ!」
「色ぼけはお互い様でしょうっ! ババアは余計だからねっ!」
「あらら、ふたりとも仲良くして下さいよっ!」
「めぐみ姐さん、そっとしておいた方が良いですよ」
「そうね。あははは」
あの男の正体が死神だと知らない典子は、悟朗と天秤に掛けて皮算用を始め、紗耶香はピースケと彼が自分を奪い合う恋物語を夢想していた――
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