噂の女。
めぐみ達が帰ると、南方の元へマックスがやって来た――
‶ コンッ、コンッ! ″
「失礼します。おとうさん、あの人達に例の事は……伝えたのですか?」
「金田と一緒に居なくなった本橋直哉と池田拓斗の事か?」
「はい」
「それは伝えてはいないよ。余計な心配を掛けるだけだ。そして、知った所で何も出来まい……」
「そうですよね……」
「どうした、マックス。まだ何か心配なのか? 大和田研究員が不老不死に対して懐疑的なってしまった事か?」
「はい……それも気になるのですが、めぐみさんの指に光る指輪が気になりまして……」
「うむ。マックス、良く気が付いたな。私の記憶が確かならば、あれは、冥府の紋章……」
「冥府?」
「あぁ、天の国の神とは一切無縁のはずだ。何故、彼女があの指輪していたのかは分からないが、何かが起こる前兆かも知れないな……」
―― 小笠原諸島 父島
「まさかねェ」
「あぁ。まさかなぁ……」
「こんなに、良い所だなんて思いもしなかった。W・S・U・S本部の監視から逃れるために、最適だと思って選んだこの場所が、我々の楽園だったとは……」
「もう、どーでも良くなりましたねェ」
「あぁ。どーでも良くなった。間違いない」
「何だか東京での暮らしが、夢か幻の様にさえ感じているよ……」
「そうっスね。あんな暮らしを、よくしていたと思うっス」
「同感だな」
「権力と支配か……」
「人、金、物の洪水っス!」
「マウント合戦に足の引っ張り合い!」
「出し抜き、裏切り、仕返しの連鎖!」
「人間って、都会で暮らしていると、あんな風になってしまう物なんスかねェ……」
「環境の作用というのは、恐ろしいなぁ……」
「人間とは何なのかなぁ……私の研究とは、何だったんだっ!」
「青い海と青い空。緑豊な自然と、この島の人達のキラキラした、曇りのない瞳にやられるっス」
「…………」
‶ ザザァ――――――――ッ、ザザァ――――――――ッ。ザザァ――――――――ッ、ザザァ――――――――ッ。
金田と直哉と拓斗は、図らずも人生を振り返ってしまった。そして、心の一番奥深い場所に、澱の様に溜まっていた人間関係の軋轢、怒りと不安、憎しみまでも、父島の波が攫って行った。一時的に逃れたこの島で、大の字になって夜空を見上げ、降って来そうな星達を眺めながら『人間らしく、この島で生きて行こう』と心に誓っていた――
―― 一月二十五日 仏滅 戊寅
喜多見神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「紗耶香さん、お早う御座います」
「典子さん、お早う御座いまぁす」
「紗耶香さん、ちょっと……」
「あのぉ、節分の準備はぁ、万全なんですよぉ」
「馬鹿ね、違うわよっ、昨日のアレよ、アレっ!」
「昨日のアレってぇ、何の事ですかぁ?」
「めぐみさんの左手の薬指に、光る指輪が有ったでしょうよっ!」
「はっ! 昨日のアレってぇ、あの指輪の事ですかぁ……」
「そうよっ! そうに決まっているじゃないのっ!」
「そうですねぇ。めぐみさんはぁ、案外、男関係がぁ、充実していたんですよぉ」
「一番最初にお嫁入だなんて、抜け駆けは許さないんだからっ!」
「典子さん。抜け駆けも何もぉ、男と女の事ですよぉ。暖かい心でぇ、見守ってあげて下さいよぉ」
「あら? 紗耶香さんは平気なの?」
「だってぇ、典子さんだってぇ、吾郎さんが居るじゃぁ、ないですかぁ」
「あ―――そうなんだぁ、余裕なんだぁ。紗耶香さんには童貞で年下のピースケさんが居るからねぇ」
「そんなぁ、若いツバメみたいにぃ、言わないで下さいよぉ。抜け駆けなんてぇ、言い掛かりを付けている暇が有ったらぁ、ゴローさんとぉ、超速でゴール・インすればぁ、良いだけじゃないですかぁ」
「うぐっ、だって……」
「はいっ! ゴール・イン、ゴール・イン、はいっ! 一等賞、チャンピオンっ!」
「もう、からかわないでよっ! だったら、めぐみさんの指輪について、それとなく聞いてよねっ!」
「えっ!『だったら』の意味が分かんないですよぉ……」
典子と紗耶香が熱くなっている丁度その時、元気良くめぐみとピースケが出勤して来た――
「おざっす!」
「典子さん、紗耶香ちゃん。お早う御座います。今日も一日、宜しくお願いしますっ!」
「めぐみさん、ピースケさん、お早う御座います。ふたりが同時に出勤なんて珍しいわねぇ……まるで、朝まで一緒に過ごしていたカップルの早朝出勤みたぁ―――い、みたぁ―――い、みたぁ―――い」
典子が紗耶香を刺激する様な言い回しで、セルフ・エコーで挨拶をすると、紗耶香も気になってしまい『ピースケの筆おろし疑惑』が浮上してピースケの服装をチェックした――
「めぐみさん、ピースケ君、お早う御座いまぁす。ねぇ、ピースケ君、昨日とぉ、同じ服装じゃないのぉ?」
「えっ? 紗耶香ちゃん、僕は何時も大抵、同じ格好ですよ?」
「あぁ、そうよねっ、そうだったよねぇ。あははは……」
「ちょっと、ちょっと、典子さんに紗耶香さん。何か、奥歯に物が挟まった様な物言いですねぇ? 何か言いたい事が有るなら、ハッキリ言ってやった方が良いですよ?」
「そうですね。僕もスッキリしないです。こんなんじゃぁ、今日は仕事が手に付きませんよっ!」
「そうよね――ぇ、そりゃぁ、そうだもの。分かる―――ぅっ!」
めぐみとピースケは腕組みをして、典子と紗耶香の頭のてっぺんからつま先まで、視線を二往復して睨んだ――
「じゃあ、ハッキリ言うけど、めぐみさん……」
「あ、えっ?! ピースケちゃんじゃなくて、私?」
「めぐみさん。典子さんはぁ、その左手のぉ、薬指で光っているぅ、指輪がぁ、気になっているんですよぉ」
めぐみは、すっかり指輪をしている事を忘れていた――
「あっ、あ、これは、そのぉ……貰ったんですよぉ」
「当り前じゃない。フィアンセに貰ったんでしょ、分かっているわ」
「いやいやいやいや、フィアンセとかそんなんじゃなくて、貰い物だしぃ、サイズ的にもぉ、薬指が丁度、良かったんですよぉ」
「めぐみさんがぁ、私みたいな口調になる時はぁ、嘘を吐いているぅ、証拠なんですよぉ」
「違う違う、嘘なんか吐いていませんよっ! もう、やーぁ、だーぁ」
めぐみは典子と紗耶香の視線に焦りながら、必死で指輪を外そうとしたが、どんなに力を入れても外れるどころか、動く事すらなかった――
お読み頂き有難う御座います。
気に入って頂けたなら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援と
ブックマークも頂けると嬉しいです。
次回もお楽しみに。