二人の少女。
めぐみは縁結びの任務遂行のために、神社に恋愛成就の祈願に来る者を待っていた。しかし、来る日も来る日も、待てど暮らせど誰一人として訪れない事に柄にも無く落ち込み、焦っていた――
昼食の時に、その事に気が付いた神職の者が聞いた――
「めぐみさん、どうしました? どこか具合でも悪いのですか?」
「厄除開運ばかりで縁結びが出来ないのが辛いのです……恋愛成就は人気が無いです。トホホ」
「当神社の御祭神は素戔嗚尊、 天照大神、 稲田姫命ですからねぇ」
先輩の典子と紗耶香が心配していた――
「めぐみさんは、知らないと思うけど、最近は不思議な人が多いのよ」
「不思議では無いですよぉ、素戔嗚尊って、今流行りなんですよぉ」
「日本最大級の小説投稿サイトの『小説家の野郎』で『イザナギの怒りを買って高天原を追放されたオレが、出雲へ降りると無双してざまぁ!』とか云う小説が書籍化されてベスト・セラーになってからと云うもの、なんだかもう大変な盛況で……絵馬にイラストを描いたり、変な願い事を書いてみたり……」
めぐみは怒った――
「良いじゃないですか! 何だって、もうっ、縁結びの祈願が無い事の方が『鬱』です! 『鬱』なんですよっ!」
昼食を終えて仕事に戻り、日も傾き始めた頃、学校の帰りに可愛い女の子が神社を訪れた――
鳥居をくぐると、典子が目でサインを送った――
「ほら! あそこ! 来たよ、遂に!」と言っているのが分かった。
「間違いない!『恋せよ乙女』ドンと来い!」
めぐみは張り切って少女の祈りをアプリで翻訳した――
すると画面には「お兄ちゃんが仕事に恵まれますように。怪我をしませんように……」と表示されガッカリした。だが、その次にきっと「好きな人の名前が来る!」そう信じて画面に釘付けになっていた――
「神様、天国のお父さん、お母さん、どうか見守っていて下さい」
めぐみは少女に両親が居ない事が分かると真顔に変わり、瞳の奥が「キラッ」と光った。恋愛成就ではないが『何か』を感じた瞬間だった――
参拝を終えた少女の後ろ姿を見送ると、鳥居をくぐった少女が振り向き目が合った。少女はゆっくりと最敬礼をした――
めぐみは一日の仕事を終え「今日も、誰も来なかったけど……明日に期待しよう!」そう自分に言い聞かせて、巫女装束から着替えると、颯爽と自転車に乗って帰宅をした――
途中で寄り道をして、街の散策をして帰るのが日課だっためぐみの目に飛び込んで来たのは、ひとりの少女を複数の少女と少年が取り囲み、恐喝をしてる真っ最中だった。
「ほほう……今度はそう来たか」そう呟くと、目が座り、大きく息を吸ってゆっくりと吐いた。そして、少年達に向って怒鳴った――
「そこの者共! 卑怯な真似は止めろ!」
少年達は振り返り、めぐみを睨んだ――
「何だテメー? 関係ねーだろっ! 仲よく遊んでいるだけだよ。勘違いすんな、バーカ!」
少年達は背中を向けて無視をしていたが、ひとりの少女が振り向くと、めぐみに睨まれ震え上がった――
「ヤっ、ヤバいよ、アレ。逃げようよ、危ない奴だよ……アイツ!」
殴られ蹴られて蹲る少女の懐から何かを盗ろうとした時だった。めぐみは太く低い声で言った――
「この悪行、看過出来ぬ!」
そして、言うが早いか片っ端から投げ飛ばし、見据えて言った――
「何か不服が有るか?」
「テメー、覚えてろよ! タダじゃ済まねーからな!」
「戯け者っ! タダでは済まないのは汝等の方だ! この悪行、償わない限り、恨みとなって消える事は無い! その事を忘れるでないぞ!」
少年たちは蜘蛛の子を散らす様に逃げて言った――
めぐみは蹲る少女に優しく声を掛けた――
「大丈夫? 怪我は無い?」
少女は無言で頷いて、声を絞り出すように言った――
「お姉ちゃん、助けてくれて……あんがと」
めぐみが別れを告げ、自転車に跨った時だった――
「どすんっ」
後ろの物音に気付いて振り返ると少女が転んでいた。暴行された時に足を挫いた様だった。自転車を放り出し駈け寄ると、少女に肩を貸した――
「大丈夫? 歩ける? あら……チョッとダメそうねぇ……家は何処? 送って行くよ」
少女は指を差して「あっち」と言うので、自転車を片付けて、言われるままに歩いていると、少女が嬉しそうに言った――
「あっシの名前は中俣七海ってんだぁ、お姉ちゃんは?」
「あっシ? てんだぁ? ってどういう意味?」
七海は膨れっ面になった――
「もう、意地悪! 私の名前は中俣七海って言うの! これで良い? 面倒くせーなぁ」
「うふふっ、ごめんごめん。私の名前は鯉乃めぐみ、よろしくね」
七海は直ぐに笑顔になってめぐみに甘えた――
「お姉ちゃん、直ぐそこだからさぁ……おんぶしてっ! 足が痛ぇーんだよぉ、マジで!」
めぐみは仕方無くおんぶをした。すると七海は肩越しに話し始めた――
「あっシは駅前のパン屋で働いているんだ。修行中っつーの? お姉ちゃんが買いに来てくれたら、お礼にうんとサービスするよっ!」
「七海ちゃんは、幾つ? 学校は行ってないの?」
七海は寂しそうに答えた――
「あっシは十六歳、高校は行ってない、けど青春ど真ん中だよ。うちはさぁ、父ちゃんいないんだよ、だからさぁ、少しでもあっシが稼いでやんないと、母ちゃんが困んのよ、大人の事情っつーの? 分かる?」
「大人じゃないでしょう? 子供の癖に! でも、まぁ、母親のために頑張って働いているのは偉いよ、大人以上にねっ」
「お姉ちゃん分かってくれるんだ! 何か嬉しいマジで!」
そう言って、おんぶしているめぐみに「ギュうっ」と抱き着いた――