死神との接吻。
その時、死神の後方右手の建物の中から冥府の住人や鬼達がぞろぞろと出て来た――
「あっ! あれは……」
「アンアン、良仁さんだアンっ!」
「ウンウン、由紀恵さんだウンっ!」
冥府の住人に連行されて行く良仁は、由紀恵と最後の別れを惜しんだ――
「由紀恵、生きている間も責任を果たせず、死んでからも、こんな事になってしまい申し訳ない」
「良いのよ……気にしないで。私は本当に幸せだった……あなたに出会って、愛されて……そして、七海が生まれて来てくれて。あなたとは短い間だったけど、七海も、あなたの事を今でも本当に愛しているわ。だから、謝らないで……」
「ありがとう、由紀恵……」
「おいっ、サッサと歩けっ!」
冥府の住人は無慈悲にふたりを引き裂いた。めぐみは思わず助けようとしたが、当然、神力は一切通じなかった――
「残念ですが、無駄です。さぁ、お嬢さん。どうします?」
「どうしますって言われても、天の国の神が死神と『契り』なんて結べないわよっ!」
「ハッハッハ、御心配無く。契りと言っても形式上の物です」
「形式上の物? そう言われても……本当の『契り』では無いのなら、ポーズだけで良って事なのかしら?」
「勿論です。お嬢さんの言う通り、私達が本当に契りを結ぶ事は出来ないのですから」
「型式的且つ、ポーズだけと言われても……」
「良仁さんが、あの角を曲がればもう手出しは出来ません。さぁ、時は待ってくれませんよ」
「分かりましたっ! 『契り』を結びます」
死神は大きな声で冥府の住人や鬼達を制止した――
「皆の者、良く聞けっ! 冥府の使者の私が『契り』を結ぶ相手を此処に披露しようっ!」
‶ おぉ―――――――っ! ザワザワザワ、ザワザワザワ ″
「あっ、初めまして……あの、こ、鯉乃めぐみと申しますゥ……」
‶ うおぉ―――――――っ! ザワザワザワ、ザワザワザワ、ガヤガヤ、ガヤガヤ ″
「皆の者、よく見るが良いっ!」
「ちょっと、何言ってるのよっ! さっきから皆、ガン見しているじゃないの……恥ずかしい……」
死神はサッとめぐみの左手を取ると、薬指にエンゲージリング着け、その右手をめぐみの首筋に運ぶと、左手を腰に回した――
‶ チュ――――――――ッ、チュパッ。 ″
めぐみは状況が分からないまま、死神に身を任せて唇を奪われてしまった。驚天動地とは正に、この事だった――
‶ オォ――――――っ、マイ、ガぁ―――――――っ!!!! ″
「ファースト・キスは和樹さんの物だったのに……あぁっ、なんて日だっ!」
冥府の住人も鬼達も、突然の接吻に頬を赤く染めためぐみを見て、赤鬼になると錯覚し、死神に向かって『オーマイガー』と誓いの言葉を伝えたのだと思い込んだ――
「皆の者、確と見届けたな」
「はい。死神様、確と見届けました」
「では、規則通りに」
「ハイ。畏まりました……そこの者達に恩赦を与えるっ! おいっ! 解散だっ!」
「おぉうっ!」
良仁と由紀恵は恩赦により解放され、冥府の住人と鬼達は去って行った――
「良仁さんっ! 由紀恵さんっ!」
「おやっ? その声は……めぐみさんっ! めぐみさんじゃぁないかっ! どうしてこんな所に?」
「あーのね。どうしてじゃぁ、ないんだわ。良仁さん、あんたってぇ人は、神騒がせだよ……」
「めぐみさん、七海は……七海はどうしてますか?」
「由紀恵さん、七海ちゃんは憔悴しきっています。でも、これで戻れるんですよ。元通りに戻れるんですっ!」
「アンアン、良仁さんも帰れるアンっ!」
「ウンウン、由紀恵さんも帰るウンっ!」
「アッチャン、ウッチャン、良かったね。あっ。もしかして、もしかすると……私は『契り』を結んだから……もう、帰れないのかぁ……」
「お嬢さん。御心配無くと申し上げましたよ。おふたりと共に元の世界にお帰り下さい」
「えっ、でも……」
「ご案内します。さぁ、私の後ろについて来て下さい」
死神に連れられて暫く歩いて行くと、大きな扉が音も無く開き、真っ暗なトンネルが現れた。そして、死神が手を翳すと照明が一斉に点いた――
「さぁ、このトンネルを抜ければ、そこは元の世界です。それでは皆様、此処でお別れです。さようなら」
「さよならって、本当にこれで良いの?」
「お嬢さん、何度も言わせないで下さい。時は待ってはくれません」
「有難う御座います、この御恩は生涯、忘れません……でも、どうして助けてくれたの?」
「それは、私がお嬢さんに、恋をしたからです……」
「えっ? でも、恋をしたのなら、だったら、尚更『契り』まで結んだ私を、どうして自分の物にしないの……」
「私は死神。冥府の使者なのです。私が愛する者をこの腕に抱いた時、それは相手の死を意味します。野に咲く可憐な花を、摘んで枯らしてしまう様な物なのです……冥府の住人達は皆、孤独なのです」
「でも……」
「私は本当に、お嬢さんに恋をしたのです。ですから、その記憶だけを胸に抱いて生きて行くのです。さぁ、早くお行きなさい……絶対に振り返ってはいけませんよ。さぁ、早く」
「アンアン、早く帰るアンっ!」
「ウンウン、めぐみさん、皆で帰るウンっ!」
「死神さん……さようなら。ありがとう……」
こうして、めぐみ達はアッチャンとウッチャンの先導で、光のトンネルを抜けて元の世界へ戻った――
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「めぐみさん、此処は何処だい?」
「良仁さん、此処は喜多美神社。私の職場です」
「天の国じゃないって事は……俺は生き返ったのか!?」
「そう云う事ですっ!」
「由紀恵、これで七海に会える、家族と暮らせるんだっ!」
「あなた……」
良仁と由紀恵が抱き合って喜びを分かち合っていると、めぐみのケータイのアプリが勝手に開いた――
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