死神のプロポーズ。
太鼓橋の真ん中に差し掛かると、向こう側の渡り切った場所に背を向けて立っている男が見えた。その男こそ、あの男。死神だった――
「ちょっと、あんたっ! よくも私を騙してくれたわねっ!」
「やぁ。お嬢さん、またお会い出来て。光栄です……」
‶ パァ――――――――――ンッ ″
めぐみが間髪入れずに平手打ちにすると、アッチャンとウッチャンも吠えた――
「ウゥ――――ゥ、アンアン、アンっ!」
「ガルゥ――――――ゥ、ウンウン、ウンっ!」
「おやおや。可愛いお供を連れて、お散歩かと思えば、随分と手厳しいですねぇ……」
「はぁ? 此処は冥府でしょう? わんこを連れて散歩だなんて、そんなセレブ気取りは通用しませんっ! この私を騙したクセに、よくもそんな……」
「騙す? 誤解です。この私がお嬢さんを騙したりしは致しませんよ。どうぞ御安心下さい」
「誤解って、あなたは由紀恵さんを助けるフリをして結局、冥府に連れて来たじゃないのっ! それで良仁さんまで来る羽目になったのよっ! 七海ちゃんがどんだけ悲しんだと思っているのっ!」
「ですから、誤解でなのです……」
「言い訳なんか聞きたくないっ!」
「アンアン、アンっ!」
「ウンウン、ウンっ!」
怒髪天のめぐみを余所にアッチャンとウッチャンは死神に懐いて尻尾を振っていた――
「高い、高ぁ―――い」
「アンアン、アンっ!」
「ウンウン、良いなぁ、今度は僕もだウンっ!」
「ちょっと、あんた、勝手に遊ばないでよっ! アッチャンもウッチャンもこんな奴に懐いてはダメよっ!」
だが、めぐみはアッチャンとウッチャンの楽しそうに遊んでいる姿を見て冷静さを取り戻した――
「魔除けの狛犬を見て、冥府の住人達は皆、逃げ出して行った。なのに、この男は逃げるどころか堂々としている。アッチャンもウッチャンも懐いていると云う事は……」
「お嬢さん。どうやら、怒りを鎮めて冷静になった様ですですね」
「あっ……はい」
「では、これまでの事をお話致しましょう。良仁さんは由紀恵さんが天の国に来ない事に焦り、七海さんの命を奪おうとしたのです。なので、阻止するために止む負えず由紀恵さんに死んで貰う事にしたのです」
「でも、それでは、良仁さんの計画通りじゃないの?」
「はい。一見計画通りに進んでいる様に見せて、天の国で由紀恵さんの死亡の確認をした良仁さんに迎えに来るように連絡したのです。勿論、捕まえるためにです」
「捕まえる?」
「良仁さんは天の国の軌道エレベータの合いカギを持っている様なのです。そして地上を徘徊しながら冥府の入り口を見つけて潜り込み、冥府のパスポートを手に入れたのです」
「冥府のパスポートなんて、どうやって……簡単に手に入れられるものではないでしょう?」
「はい。鬼達の心の隙に入り込んで懐柔したのです」
「えっ? そんな風に手懐けられる物なの? 鬼達に見つかったら食い殺されそうなものだけど……」
「良仁さんは既に死んでいます。つまり、鬼達が取って食らう相手では有りません」
「天の国の住人だからって事なのね……」
「良仁さんは鬼達が宴をしている所にやって来て、芸を披露して楽しませたのです。鬼達は生まれて初めて笑ったと感動しきりだった様です。特に禍々しい冥府の中から一歩も出た事の無い鬼達は、一等航海士の良仁さんの港々に女が居ると云う話に我を忘れ、七つの海を股にかける話を夢中になって聞いているうちに、メロメロになってしまったのです」
「なるほど……って、そんな事でパスポートを渡してしまうなんて、鬼達もチョロいなぁ……」
「御尤もです。しかし、お嬢さん。彼等も又、孤独なのです。どうか許してあげて下さい」
「許すも許さないも、私は別に何も出来ないけど……ねぇ、あなたは良仁さんを捕まえるために由紀恵さんを連れて来たって言っていたけど、ふたりは今どこに居るの? 会わせて欲しいんだけど……」
「それは出来ません」
「どうしても、ふたりに会いたいの、お願いっ!」
「残念ですが、規則なのです。良仁さんはこの後、冥府で裁判に掛けられます。そして、由紀恵さんは元通りの生活に戻れますので、七海さんも安心でしょう」
「いやいやいやいや、良仁さんは裁判に掛けらたらどうなるの? 最悪の場合、証拠隠滅みたいに消されてしまって聞いているけど?」
「はい。最悪の場合は良仁さん自体が存在しなかった事になります。ですので、由紀恵さんの人生は書き換わり、七海さんは存在しない事になります」
「そんなぁっ! それじゃ困るのよ、何とかしてよっ!」
「何とかしてと言われましても、此ればかりは……良仁さんの行いの報いなのです。覆す事は……出来ません」
「そんなの受け入れる事は出来ませんっ! これじゃぁ、結局、騙された様なものだわ……」
めぐみが酷く落ち込んでいると、アッチャンとウッチャンが慰めた――
「アンアン、良仁さんを連れ戻すアンっ!」
「ウンウン、由紀恵さんを連れ戻すウンっ!」
「そうだよね。諦めたら終わりよっ! 何としてでも七海ちゃんの元に良仁さんと由紀恵さんを連れて帰るよっ!」
気合を入れ直し、奪還作戦を実行しようと、神力を発揮したはずが、何の力も出なかった――
「お嬢さん。あなたは神様です。しかし、冥府では、その神力も通用しません。全てが無効化されてしまうのです」
「天の国の神が冥府に入る条件が神力を封印する事だと分かっているわ。でも、私は助けたいのっ!」
「助けたい? お嬢さん、あなたは人助けをしたいのですか。仕方ありませんねぇ……分かりました。それなら、条件が有ります」
「条件?」
「はい。その条件を飲んで貰えるのなら、ふたりを返してあげましょう」
「条件って何よ?」
「はい。この私と契りを結んで下さい」
「契りって?? まさか……」
「そうです、私の妻になるのです」
「アンアン、アンアン、アォ――――――ンっ!」
「ウンウン、ウンウン、ウォ――――――ンっ!」
突然の死神からのプロポーズにアッチャンとウッチャンは吠えまくり、めぐみは放心状態だった――
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