死は時を待たず。
喜多美神社の日も暮れて、めぐみは仕事を終えると、打つ手が全く無いので途方に暮れた――
「しっかし、どうすれば良いのだろう……chatGPTは時間の無駄。駿さんもお手上げ……他に相談出来る人も居ないしなぁ、ストレスが溜まるよ……」
帰宅すると既に七海が部屋に居た――
「めぐみお姉ちゃん、お帰りっ!」
「ただいま。あぁっ! 良い匂い……お腹空いたぁ」
「今夜はボルシチとビーフ・ストロガノフだお」
「わぁおっ! しかも、何時もと色が違うよ?」
「あ。分かる? ロシアの本式、白いビーフ・ストロガノフだぜ」
「赤と白……最高かっ!」
冷たい北風を受けながら、自転車を漕いで帰宅しためぐみは、ストレスと疲れが癒えると同時に身体の芯から温まった――
「はぁあ……食った食った。めっちゃ旨かった。余は満足じゃ。七海ちゃん、ご馳走様でしたぁ」
「どういたしましてぇ。お粗末様でしたぁ」
めぐみは台所で後片付けをする七海の背中が、どこか寂し気で、泣いている様に見えた――
「ねぇ、七海ちゃん。この頃、早いね。何か有ったの?」
「えっ……う、ううん」
「何よ?」
「別に」
「何よ? 言いなさいよ」
「…………」
「七海ちゃん、何か隠し事が有るでしょ? きちんと言いなさいっ!」
「うん……あのね……実はさぁ、最近、母ちゃんが具合が悪くてさぁ」
「えぇっ! もしかして……」
「うん。先週から入院しているの。検査入院で、直ぐに退院できると思っていたんだけどさぁ……」
「由紀恵さん、あんなに元気だったのに……で? 具合はどうなの?」
「体調不良の原因を特定するために精密検査を受けたんだけどさぁ……検査の結果があまり良くなかったみたいなんよ」
「そう……早く良くなって、退院出来ると良いけど……」
「うん。あんがと。めぐみお姉ちゃんは感が鋭いねぇ。あっシは学校も休んで母ちゃんの看病していたからさ……」
「そうだったんだぁ……七海ちゃん、心配だね。もっと、早く言えば良いのに。水臭いぞっ!」
めぐみは拳にはぁと息を吹き掛けて、七海の頭にそっとゲンコをくれた――
「ゴメンゴ……」
「で? 病院は何処? お見舞いに行かなくちゃ」
「恵慈医大病院だお。あぁ、でも、もう遅いから。面会は無理だお」
「おっと、もう、こんな時間か……仕方が無い、明日にしよう。七海ちゃんも疲れたでしょう? お風呂に入って早く寝た方が良いよ」
「うん」
めぐみは風呂から出ると七海の肩を揉んだり、リンパ・マッサージをしてあげた。そして、照れ隠しにくすぐったりして、七海の身体と心を揉み解すと、明日に備えて眠る事にした。だが、七海が眠りに落ちると、めぐみは嫌な予感に目が覚めた――
「うわぁっ! 由紀恵さんが、呼んでいる……これは、夢じゃないぞ、今直ぐ行かなきゃっ!」
めぐみは慌てて身支度をすると、自転車に跨り、大急ぎで恵慈医大病院に向かった――
「ふぅ、ふぅ、はぁあ。到着……さてと、病院まで来てはみたけど、病室が何号室か分からないのよねぇ……」
めぐみは駐輪場に自転車を停めると正面玄関に向かった。しかし、カギが掛かっていて中に入れない為、通用口に回ったがロックされていて中には入れなかった。仕方無く、救急搬送された人の面会用の入り口に差し掛かると、後ろから男に声を掛けられた――
「お嬢さん。救急は身元のチェックが厳しいから入れませんよ」
「えぇっ! そっかぁ、どうしよう……」
「御心配無く……私に付いて来て下さい。さぁ、御案内致します……」
「本当ですかっ! 有難う御座いますっ!」
その男は背が高く、頭から黒い頭巾と一体となったマントを羽織り顔は見えず、眼だけが光っていた。慌てていためぐみは、そんな外見は意にも介さず、渡りに船とばかりに男の後を付いて行った。だが、暫くすると男の歩みが異常なまでに遅くて焦ってしまった――
「あのぉ、すみません。もう少し、早く歩いて頂けませんか? 私、急いでいるんです」
「私は『時』を気にしません……お嬢さん。あなたも落ち着いて、ゆっくりと歩く事です……そうすれば、全て上手く行きますよ」
「はぁ……そうですねぇ……トホホ」
めぐみは、まるでゼンマイ仕掛けのオモチャの様にジワリジワリと歩みを進める男に苛立ちながらも、急がば回れと言い聞かせて我慢をした。男が正面玄関に差し掛かり、自動ドアの前に立つとフッと身体がすり抜けた――
「えぇっ! 透明人間?」
「さぁ、早くしないと入れなくなりますよ……」
めぐみは、恐る恐る自動ドアのガラスに手を差し出すとフッとすり抜けた――
「おぉっ! すり抜けたよ。何だか新感覚っ!」
「驚く事は有りません。それで……これから、どちらの病室へ?」
「あぁ、はい。中俣由紀恵さんの病室に行きたいのですけど、何号室か分からなくって……」
「心配御無用。今、ご案内をして差し上げます……」
男はマントの中の斜め掛けのカバンから、大きな帳面を出して中俣由紀恵を調べ始めた――
「中俣由紀恵さんの病室は……三階ですね」
男はめぐみとエレベーターに乗り込んだ――
「322号室なら、降りて右手の突き当りですよ」
「何から何まで御親切にして頂いて、本当に、有難う御座います」
「では、私は用が有りますので…………」
男はそう言うと、三階と『閉』のボタンを押してエレベーターを降りた――
「では、また後で……」
「……えっ?」
‶ ウィ――――――ン、シュウ――――――ンッ ″
エレベータの扉が閉まる瞬間、めぐみは男の後ろ姿に異様な気配を感じた。だが、それ以上に由紀恵の事が心配だった――
「322号室‥‥‥此処だっ! 由紀恵さんっ!」
ベッドには意識が朦朧とする由紀恵が、ぼんやりと天井を見つめていた。そしてめぐみの声にゆっくりと反応した――
「あぁ……めぐみさん……めぐみさんじゃ、ありませんか……七海が何時もお世話になって……ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」
「由紀恵さん、ゴメンなさい。私が起こしちゃったから……無理しないで下さい」
「私は、もう、ダメみたい……七海の事を、宜しくお願いします……どうか、何時までも……何時までも……友達でいてあげて下さい……」
「由紀恵さんっ! 確りして下さいっ!」
めぐみは由紀恵の急激な体調の悪化は健康の問題では無く、何者かの力によって命を奪われようとしている事を悟った――
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