航海に後悔無し。
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「はぁ、今日も忙しかったぁ……後、少しで終わりね」
「忙しくしているのはぁ、典子さんなんですよぉ。もっとぉ、落ち着いてやればぁ、良いんですよぉ」
「紗耶香さん。落ち着いてやったのが去年でしょう? どうなった? 同じ轍は踏まないわよっ!」
「紗耶香さん。典子さんがあれだけ気を張っているのには何か理由が有りますね」
「去年はぁ、段取りが悪くてぇ、しかもぉ、イレギュラーな事がぁ、い――っぱい有ってぇ、もぅ、バッタバッタでぇ、神職一同、テンパってぇ、福の神の舞でぇ、ひとつ ひろったその豆で 、にで にっこり恵比寿顔の時にぃ、全員が鬼の形相だったんですよぉ」
「あらあら、そりゃぁ、典子さんもトラウマになる訳だ……」
日も傾き冷たい北風が参道を吹き抜ける頃、めぐみは仕事を終えると自転車に颯爽と跨り帰宅した――
「ふん、ふん、ふ―――ん、さんに杯飲みまわしぃ―――っ、よっつ世の中良さようにぃ、いつつ出雲の大社―――ぉっ、むっつ無病息災にっ、ななつ何事なきようにぃ、やっつやたらに徹き散らし――ぃ、ここのつ子供に、拾わせてぇ―――んっ、とうで当氏子中の皆様にぃ、本年の宝を授け申すぅ―――――っ! 到着っ。あれれ?」
帰宅すると、既に七海が来ていて部屋の電気が点いていた――
「ただいまぁ……」
「めぐみお姉ちゃん、お帰りっ!」
「あらら? 七海ちゃん早いじゃない? 今日は仕事も早く終わったから、まだ来ていないと思っていたよ」
「ぐふっ。駿ちゃんがさぁ……どうしてもぉ、あっシと話したい事が有るんだってっ!」
「はぁ。それが何よ?」
「えっ、ちょ、馬鹿だなぁ。駿ちゃんがぁ、どーしても話がしたいって事はぁ……きっと、アレなんよねぇ」
「ほぇ。きっと? アレ?」
「めぐみお姉ちゃんは鈍感だなぁ。プだお」
「プ? プ、プ、プ、プロフェッショナル……プロレスかっ! 若い男女が組んず解れつ……ヤベーな、おいっ!」
「誰がエロ話してるんよぉ――っ、プと言ったら、プロポーズだおっ!」
「プ、プ、プ、プロポーズ?!」
「決まってんじゃんよー――ぉ。駿ちゃんもクールに見えてもさぁ。やっぱ男だからさぁ……あっシを、抱きたいんよねぇっ! ぐふっ」
「結局、エロやん」
「男と女は、するこたぁ、ひとつだお。結婚すればさぁ、十七歳の少女を毎晩タダでヤレるんよ。いやっ、毎晩どころか朝昼晩、どんなプレイもOKなんよ。ぐふふっ」
「ちょっと、最後は七海ちゃんの希望が入っているでしょ?」
「まぁ、今年の四月にはさぁ、民法731条改正で『婚姻は、18歳にならなければ、することができない』ってなるんよ。だから、それまでに決着付ける気満々なんよねぇ」
「へぇ―」
「短い間ですけど、めぐみお姉ちゃんには本当にお世話になりました。あっシは駿ちゃんと新しい世界へと旅立ちます」
「ふーん。お幸せに」
「あ。何か嫌味っぽい。馬鹿にすんなっ! 本気と書いてマジなんだぜ」
‶ べべべべベェ――――――ンッ、ベベン、ベベン、ベベンッ。べべべべッ ”
「ほらほら、白馬に乗った王子様が来たよんっ!」
「あわわ、めぐみお姉ちゃん、夕飯は支度してあるから、それ食べてちょ。じゃあね。行って来る。ばっははぁ―い」
「何が、ばっははぁ―いだぁ。ふんっ!」
七海は羽が生えたような軽い足取りで階段をカンコロロンと降りると、駿の背中に抱き着いた――
「じゃあ、行くよ」
「うん。イク、逝くぅ――――――っ!」
「ん?」
「早くぅ」
「OK!」
‶ ベベン、ベベン、べべべべベェ――――――ンッ、べべべェ――――――ンッ、べべべェ――――――ンッ、 ”
七海は久しぶりのデートがナイト・ツーリングで嬉しかった。そして、ガリバーズ・デッキに立つと、緊張と興奮が入り混じり、心臓がバクバクしている事に気が付いたので、夜景を眺めて深呼吸をする事にした――
「はぁ――――っ。ふぅ――――――っ」
「どうかした?」
「うぅん。大パノラマに感動したのっ」
「あぁ。何時見ても素敵な夜景だね。宝石を散りばめた様な街の煌めきと、天空の星々が地平線で一体となって行く。僕はこの時間が、たまらなく好きなんだ……」
「駿ちゅぁ――んっ、ロマンチックだぉ……」
ふたりは言葉を失い、暫く夜景を眺めていた――
「駿ちゃん。あっシに聞きたい事ってなぁに?」
「あぁ。実は七海ちゃんの家族関係の事を聞いておきたいと思ってね」
「来た来た来たぁ―――――――――っ! 遂にこの時が来たぁっ!」
「えっ? どうかした?」
「うぅん。やっぱ、そのぉ、家族になる以上、家族関係ちゅーのは、大切よなぁ……と思って」
「七海ちゃんの子供の頃の家族との思い出みたいな話を聞きたいんだよね」
「あっシの子供の頃? うーん、前にも話たけど、父ちゃんは一等航海士で家にはあまり居なかったし、早くに亡くなったから思い出って云うほどの物は無いんよぉ……母ちゃんは父ちゃんが無くなってから体を壊すしさぁ……あっシは早く働いて母ちゃんを楽にさせてあげる事しか頭に無かったんよ……だから、楽しい思い出なんてひとつふたつ有る位で……まぁ、話すほどの思い出は無いんよねぇ」
「そうなんだね。七海ちゃんは残酷な現実を突き付けられても、めげる事無く、逞しく生きて来たんだね……」
「まぁ、その残酷な現実ちゅーの? あっシはそんな風に感じた事は無いんよね。仕方ないもん」
「そうやって、受け入れるのも七海ちゃんらしくて良いね」
「…………」
七海が黙り込み、駿が肩を抱くと眼が合い、瞼を閉じると自然と唇が重なった。駿には人生の荒波に立ち向かう七海をとても大きく感じていた――
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