和解と強盗 ―禍福は糾える縄の如し。
そこには慎二の姿が有った――
「お父さん! どうしたの? こんな夜遅くに、今開けるから」
オートロックを解除して、暫くすると慎二がエレベーターで上がって来た。愛菜未は突然の来訪に少し緊張していた――
「心配しないで、私が付いているよ!」
愛菜未は頷いた。そして、ドアを開けて父を迎え入れた――
「どうぞ。今、めぐみさんが来ているの」
「ああ、そうか。めぐみさん、こんばんは。お邪魔して済まないね、愛菜未に話があるんだ」
そう言うと、リビングのソファに座り、一方的に話し始めた――
「愛菜未、正巳君との事だが、お前の好きにしなさい。父さんはお前の事を思うあまり、過干渉だった様だ。もう子供では無い、立派な大人なのだから自分の事は自分で決めて良いんだよ。言いたい事が有るなら言いなさい。我慢する事は無いからね」
「お父さん、許してくれるのね、ありがとう! でも、どうして急に? あんなに反対していたのに」
「おいおい、許すとは一言も言っていないぞ。私の許しを得る必要は無いと云う事だ。愛菜未の人生なのだからね。きっと、めぐみにさんに出会ってコレを貰ったからだよ」
そう言って懐から御守りを出すと、それを見た愛菜未は泣き出してしまった――
「ありがとう。お父さん、そのお守りが有るなら、お母さんとも仲良くしてね」
「言われなくても仲は良いよ、お前が生まれる前からだ。あはは、葉子も戻って来てくれたよ、心配かけて済まなかったね。これまでの事を許しておくれ」
慎二と愛菜未が和解をして抱き合っている時、そこにめぐみの姿は無かった――
ダイニング・テーブルにはピザ屋のナプキンに「お先にドロンします。めぐみ」と書置きが有った。
めぐみは慎二が葉子と愛菜未に謝罪した記録を持って部屋に戻ると、神官に「日報」を送り結果を待っていたが、何故かエラー・コードは消えなかった。
神官からメールで「業務連絡、『Error320』が無事に解決しております。おめでとうございます!」と健闘を称えていたが、愛菜未の方は解決が出来ていなかった。
めぐみは窓を開けて天に向かって叫んだ――
「少し、手加減してくれよぉぉお――!」
そして呟いた――
「まぁ、二人は必ず結ばれる事だし、良しとしよう。幸せになってね、愛菜未さん……」
満月がスポットライトの様に、めぐみを照らしていた――
――数日後
職場にも街にも慣れて、めぐみはすっかり地上の住人になった様な気がしていた。通勤するために自転車を買い、仕事帰りの街の散策も楽しかった。先輩方が、ささやかな歓迎会を開いてくれた夜の事だった――
めぐみが自転車を引きながら、いつもの角を曲がると、パトカーの赤橙が目に飛び込んで来た。
「何だろう?」
一歩、一歩、歩みを進めるとコインランドリーの前にパトカーが止まっていて、慎二と警察官が話をしているのを茫然と眺めていた――
「めぐみさん、お帰りなさい。騒々しくて済まないね。又、強盗に入られてしまったよ!」
慎二は酷く落胆していた。すると警察官が事情聴取を始めた――
「あなたは、此処の住人ですね。最近、不審な者や車を見ませんでしたか?」
「全く、見ていませんし、心当たりがありません」
強盗は高速カッターとバールを使った手荒い犯行で、盗まれた売上金はもとより壊された両替機などの修理が大きな出費だった。慎二は防犯カメラの映像を提出し、被害金額の算出と、修理や工事の依頼のためにフランチャイズ本部に電話を掛て大忙しだった。
「いくら儲かっても毎度強盗に入られていたらやっていられない。満足な対策、対応が出来ない場合は契約の解除も含めて話し合いをさせて下さい!」
それを傍らで聞いていためぐみは自信を持って堂々と答えた――
「この事件は、解決をする兆しです。だから安心して下さい。あの御札の力が犯人を引き寄せたの。必ず捕まるわ!」
警察官は目が点になり、慎二は瞳を輝かせた――
コインランドリーはフランチャイズのため、テレビやネット、紙媒体まで宣伝が抜かり無く、開業から地域住民に支持されていて、葉子の心配をよそに事業計画の予測以上の売り上げを得ていた。
主婦や社会人、何よりも学生の利用客が多く、夕方に洗濯物を放り込んで、その足で商店街に夕飯を食べに行ったり、居酒屋に寄ったりして、その帰りに取りに来て、持って帰るスタイルが定着していた。だが、最初に強盗に入られた時に、ニュースで大きく報道された事が災いし、強盗の呼び水となってしまった。
商店街の外れ、夕暮れ時には人影も無くなって目撃証言も得られなかった――
犯行の時間が特定出来ていたので、防犯カメラを増やし、パトカーの巡回を増やした事が功を奏し、暫く強盗も無かったので、安心して気が緩んでいた隙を突かれた格好だった。
慎二は警察よりもめぐみの言葉を信じていた――