宅配ピザと夜の訪問者。
コインランドリーに戻ると、丁度、めぐみが洗濯を終える頃だった――
「あっ、めぐみさん、有り難い御札とお守りを頂いて妻も喜んでいましたよ。本当にありがとう」
「良かった、喜んでもらえて。愛菜未さんにも用意してあるんですよ。今日は遅くなるから明日にでも持って行こうかと思っているんです」
「愛菜未の分まで用意して下さるなんて親としてもう一度、感謝致します。ありがとう。めぐみさんは優しい人だね」
そう言い終えた時、洗濯物の乾燥も終わり、めぐみが白い小袖を畳んでいるのを見て「何か」が頭を過ぎった――
慎二の本業は倉庫業で、他に2件のアパートとコインパーキングを持っていた。殆どが管理中心の仕事で、売り上げは有ったのだが、3軒目のアパートを手に入れる事が出来なかった。アパート経営を確実な物にする上でどうしても手に入れたかったのだ。
その過程で、ネット通販や健康食品の販売などに手を出しては失敗していて、コインランドリーのフランチャイズに加盟する時も葉子に猛反対され、愛菜未の入学金と授業料の負担を家計を切り詰めて凌ごうとする葉子と真っ向から対立してしまった――
慎二は「情報商材やコンサルには騙されたけど、フランチャイズのコインランドリーなら失敗はしない!」と言い張って強行したのだった。その時に、葉子の頑なな態度に激高して「この家から出て行け!」と言ってしまった――
慎二は仕事を終え、帰り道で反省をしていた――
「自分が頑固だから葉子があんな風になったのに、それを『出て行け!』なんて良く言えたものだなぁ……そうだ! 葉子の好きなワインを買って帰ろう! 飲みながらあの時の事を謝ろう」
何時もの癖で鍵を取り出したが、ポケットに放り込んで玄関を開けた――
「ただいま。遅くなって済まないね、君の好きなワインを買って来たんだ」
「おかえりなさい、お食事の用意が出来てますよ」
「ふたりきりで、差し向かいで食事をするのは何年振りだろう?」
「ふたりきりとなると……愛菜未が生まれる前ね」
お互いに年数を割り出すと、ふたり揃って言った――
「歳は取りたくないねー」
新婚の頃を思い出し、ワインを飲みながら楽しい食事を済ませた――
「葉子、あの時は悪かったね、私が間違っていたよ。『出て行け!』なんて言って、本当に申し訳なかった。ごめんよ許してくれ」
「もう良いわよ。済んだ事よ」
「これからもよろしく」
「こちらこそ、よろしくね」
そう言って互いの手を取り合った――
「お風呂、もう入れるわよ先に入って」
そして、着替えを用意している時だった――
「そう言えば今朝、お風呂の水が一杯でしたよ。抜き忘れたでしょ? 受話器も上がりっぱなしだった。ねぇ慎二さん、お互い歳は取ったけど、ボケるのには未だ早過ぎるわよ。ふふふ」
慎二の記憶の底で「何か」が繋がった――
――翌日
めぐみは仕事帰りに愛菜未のマンションへ行った――
「めぐみさん、いらっしゃい。どうぞ、上がって」
「こんばんは、愛菜未さん。先日はありがとうございました。ご報告が有ります。お陰様で就職が決まりました!」
「えぇー、良かったね! おめでとう! そっか、昨日、母から『巫女さんにお礼を言っといて』ってメールで連絡が有ったのだけど、意味が分からなかったの。御札と御守りはその神社の物なのね」
めぐみは仕舞っておいた御守りを出して愛菜未に渡した――
「これ、お礼と言っては何ですけど、愛菜未さんと、愛菜未さんの未来の旦那様に!」
「うわぁ、ありがとう! 巫女さんから直々に御守りを授かるなんて、御利益ありそうね!」
そして、愛菜未はめぐみの就職祝いをする事にした。食べたい物のリクエストを聞くと、めぐみが「宅配ピザが食べたい!」と言うのでブーバー・イーツで頼んだ――
ピザが届くと早速、お皿に移し替え食卓に運ぶと、めぐみは大喜びだった――
「これが噂の宅配ピザなのか! 『はじめまして』ピザさん! 頂きまぁーす」
挨拶をしたものの、何処から食べて良いのか分からず睨み合いになった――
「めぐみさんは大袈裟ね、面白い人。今取ってあげるからね」
そう言って、めぐみの分を手皿に取った。チーズが糸を引き伸びると同時に湯気が立ち上り香ばしい香りが部屋に充満した――
「イエス! キタ――! これこれ、これが噂のぉー、宅配ピザって奴ですね!」
めぐみがガッツポーズを取ると愛菜未もつられてガッツポーズになっていた。ふたりはすっかり仲良くなってガールズ・トークに花が咲き、ワインが一本空いた頃だった――
「ピン・ポーン」と呼び鈴が鳴り、二人は凍り付いた。
「こんな時間に誰!」
愛菜未はインター・フォンのモニター画面を見て驚いた――