第240話 食い物の、恨み晴らさで、おくべきかっ!
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「典子さん、紗耶香さん、お疲れですっ!」
「お疲れ様。気を付けて帰ってね」
「お疲れ様ですぅ」
「めぐみ姐さん僕も上がります」
‶ お先に、失礼しまぁ―――すっ! ″
「めぐみ姐さん、今夜は楽しいパーリィですね。嬉しいな」
「その前に、たこ焼きブチかますの」
「えぇっ、マジっすか? これから七海ちゃんのサプライズ・パーリィなのに?」
「うん。新味の塩たこ焼きを実食するの。別腹なのよんっ!」
「食いしん坊だなぁ……それじゃあ、僕もお供しますっ!」
喜び勇んで、たこ焼き屋に向かうと異変に気付いた――
「ん? なんだろ? あちこち、お店が閉まっているよ……」
「今日は、お休みじゃないですよね……?」
周囲を見渡すと、飲食店と食品の小売り店だけが閉まっていた。そしてコンビニの前を通ると張り紙がしてあった――
‶ 本日、お弁当、おにぎり、サンドイッチは御座いません。冷蔵庫が故障した為、ドリンク類の販売も中止しております。ご迷惑をお掛けしますが、何卒ご理解の上、ご利用下さいませ ″
「何これ? コンビニの意味ないじゃん」
「生きていると、色んな事が有るものですね」
めぐみとピースケが商店街を歩いていると、泣きながら店を片付けている店主が居た――
「うえ――ん、おい、おい、ひっく、ひっく、ぐっすん」
「あの……どうかしましたか? 今日は閉店のお店が多いし、何かあったのですか?」
「どうもこうも無いよっ! キャベツは虫が湧いたかと思ったら、一瞬で食い荒らされて跡形も無くなっちまうし、大根もレタスも何もかも、全部、痛んじまって売り物にならないよぅ。全部廃棄ですよぉ……トホホ」
その時、やっとピースケが珠美の仕業だと気付いた――
「めぐみ姐さん。ほら、アレ」
「うわぁっ! 大変っ!」
しなびたレタスがドロドロに溶けて行き、アッという間に土になった――
「こんな事が出来るのは珠美以外に居ません。珠美の仕業です、間違い有りません」
「何で、こんな酷い事を……食物神の癖に食べ物を粗末にするなんてっ! 絶対に許せないっ!」
ピースケは怒りを露わにするめぐみの姿に驚いた。そして、懐の深い器の大きい女神様でも逆上してしまう程『食い物の恨みは恐ろしい』事を悟った――
「ただいま」
「めぐみお姉ちゃん、お帰りっ!」
「七海ちゃん、お誕生日おめでとうっ! さぁ、パ―リィに行くよんっ!」
「パ―リィ? 本当に? 嬉しい――っ!」
ふたりでお出掛け仕様に準備をしていると、そこへ、小林シェフからケータイに連絡が有り、三日掛けて仕込んだソースも、朝仕入れた食材も全て使い物にならない為、パーティを中止するしかないと、何度も何度も謝罪をされた――
「七海ちゃん、ゴメンね……サプライズ・パ―リィが中止になちゃった……」
「うん、大丈夫……やっぱ、そうだと思った。気にすんなって」
「え? そうだと思ったって、何でよ?」
「あぁ? めぐみお姉ちゃん、ニュース観て無ぇのかよ? 食い物なんて、何処にも有りゃしないよ。作ろうたって材料が無いんよ」
「何ですって?」
「冷蔵庫は壊れているし、中の物も何故か全部、腐っているんよ。日本全国大騒ぎだぜ? だから、今日は夕飯も無いんよ」
めぐみは慌てて冷蔵庫を開けると、冷凍して置いた鶏肉も豚の角煮も腐っていて、熟成していたA5ランクの牛肉はビーフ・ジャーキーの様にドス黒く変色し、葉物野菜、根菜類は土に還っていた――
「おっ、おのれっ! 宇迦野珠美ぃ―――――っ! タダじゃあ、済まさないぞぉ――っ!」
怒髪衝天するめぐみに、七海は恐れ戦き、腰を抜かした――
―― 一月十六日 先勝 己巳
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
そこに三人の男達がやって来た。男達は無駄だと分かっていても、何とか、宇迦野珠美に謝罪を受け入れて貰おうと尋ねて来たが、めぐみの監視をしている職員に呼び止められた――
「おい。お前たち何しに来た?」
「あぁ、お疲れさん。俺達は座して死を待つのみなんだ……所長から正式に許可を貰っている訳じゃないけど、残された時間は好きにして良いってさ……」
「そうか。分かった。余計な事はするなよ」
「あぁ。分かっているとも」
「ふぅ……お前らに、偉そうな事を言って済まないな。だが、俺達も明日は我が身だ……何時お払い箱になるか、皆、戦々恐々としているよ」
「あぁ。気にしないでくれ」
男達は鳥居をくぐり参道を歩いて行くと、授与所で典子に尋ねた――
「あの、すみません……鯉乃めぐみさんに、会いたいのですが……」
「めぐみさんですね。失礼ですけど、ご用件は?」
「昨日、駐車場に野菜の販売に来ていた人に言い掛かりを付けて、ご迷惑を掛けてしまいました。そのお詫びにやって来たと、お伝え下さい……」
社務所には珠美から購入した農産物と食品が沢山有り、不思議な事に何一つとして腐ったり痛んだりしていなかった。めぐみは三杯飯を食らいご満悦だった――
「ふぅ。食った食った。満足」
「めぐみさん、面会よ」
「えぇっ? 私に? 誰ですか?」
「黒い服の男の人達が、昨日のお詫びだって」
「あっ、はい。分かりました」
めぐみが授与所に歩いて行くと、その姿に気付いた男達は深々と頭を下げた――
「おやおや。それで、私に何の用かしら?」
「あの……昨日のお多福……じゃなくて、鵜飼野珠美様に謝罪して、天罰を解いて頂きたいのです」
「ほう。随分、虫の良い話ねぇ」
「はい。重々承知しておりますが……そこを何とか、めぐみ様のお力で顔を繋いで頂いて、珠美様に謝罪を受け入れて欲しいのです」
「めぐみ様、俺達、天罰を食らって、昨日から何も食っていないんですっ! どうか、助けて下さい」
「まぁっ! 良くも抜け抜けと……あのさぁ、そんな事は、あなた達のボスに言えば良いでしょう。南方に何とかしてもらいなさいよっ!」
「めぐみ様っ! お願いします、所長は『打つ手は無い、座して死を待つのみ』だと……俺達は、見捨てられてしまったのです。こうして出会ったのも『何かの縁』じゃないですか? どうか、我ら三人を助けて下さいっ!」
「『何かの縁』て言われてもねぇ……」
めぐみは、たった一日で窶れ果て、萎れた花の様になってしまった男達を見るに見兼ねて、仕方く助け舟を出す事にした――
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