ホウレンソウは大切です。
ピースケは男達の黒いスーツのラペルに、七芒星に蛇の絡み付くバッヂが有る事を見逃さなかった――
「めぐみ姐さん、大変ですっ! 珠美がW・S・U・Sの職員に絡まれていますっ!」
「えぇっ!? W・S・U・Sの職員??」
珠美の形相は男達を遥かに凌ぎ、能面の子面を一気に通り越して、般若へと変わっていた。
「お前達は人間じゃねえっ……この鵜飼野珠美が天に代わって罰を与えるっ!」
「けっ! 何が天罰だ、ブスがぁ」
「おうっ、やれるもんなら、やってみな。ブスっ!」
「さぁ、ほら、やってみろよ、ブス。その天罰とやらをよっ!」
珠美は静かに胸の前で指を組んで瞼を閉じた。男達は、ジっと動かない珠美の頭を小突き、太腿を蹴り、大声で笑った――
「このブス、地蔵みたいに動かないぜ、ア――ハッハ」
「オラオラ、サッサと天罰を下さいませんか? 珠美ちゃんよぉ。ヒッヒッヒ」
「このブス、口だけだぜ。ハッタリブスがぁ、何か言えっ! オラッ、言って見ろっ! 言わんかいっ!」
ジッとして動かなかった珠美がカッと眼を見開いた――
‶ お前達には、未来永劫、金輪際、口に入れる物は無しっ! えぇいっ! ″
一瞬、真空状態になったが、何の変化も起こらず、男たちは呆れて笑い出した――
「はぁ? 何が『未来永劫、金輪際、口に入れる物は無し』だぁ。夢でも見てんのかブスっ!」
「アーッハッハッ。クッソダセェ、イキがった所で、何も出来ゃしねぇ。このハッタリブスがぁっ!」
「笑わせるぜ。でもよ、笑わせるのは顔だけにしときな。イーッヒッヒ」
集まっていた客達も、蜘蛛の子を散らすように逃げて行き、足腰の弱っているお年寄りだけが残っていた。ピースケとめぐみは社務所から飛び出て参道を走って行ったが、時、既に遅し。じっと動かない珠美の胸の勾玉が猛烈な光を放った――
「あぁぁ――――あっ! やっちまったぁ……」
「えっ! ピースケちゃん、今のは何?」
「めぐみ姐さん、手遅れです。食物神が怒ったら、もう手を付けられません……お終いDeath!」
「えぇ? 大丈夫よ、珠美に機嫌を直して貰えば……はぁ、はぁ、はぁ」
全速力でダッシュして鳥居をくぐり、駐車場に到着するとめぐみは男たち向かって言い放った――
「あなた達、はぁ、はぁ。今、警察を、呼んだからねっ! はぁ、はぁ、ふぅ」
男達はめぐみの監視をすっかり忘れていた――
「おいっ、ヤバい、鯉乃めぐみだ、逃げろっ!」
男達はシュッと消える様に居なくなった――
「珠美。大丈夫? 怪我は無い?」
「あぁ……大丈夫。あたしは痛くも痒くもないから。そんな事より、お婆ちゃん。怖がらせてごめんなさいねぇ――っ、もう大丈夫でぇ――すっ、安心して買い物を楽しんで下さいねぇ――っ」
「珠美ちゃん、災難だったねぇ。あたしらはいつ死んだって良いけどさぁ。あんたは若いんだから。これからなんだから。気を付けないとダメだよ」
「ありがとう御座いまぁ――す。頑張りまぁ――すっ!」
ケロッと笑顔で仕事に復帰する珠美にピースケは驚いた――
「女って…………切り替えが、早いなぁ……」
「ピースケちゃん。私達も、仕事に戻ろう」
「めぐみ、ピースケっ! 心配してくれて、あんがとよ……恩に着るぜ」
―― W・S・U・S本部
「ショチョウ、タイヘンデス。喜多美神社で、トラブルが発生した模様デス」
「何? マックス。トラブルとは何の事だ?」
「ハイ。報告します。喜多美神社に農作物の販売に来た鵜飼野珠美に職員が言い掛かりを付けてしまいました。イジョウデス」
「何だとっ! 鵜飼野珠美には手を出すなと言っただろっ!」
「ハイ。報告によりますと、鯉乃めぐみの監視の為、好感度集音マイクで盗聴して居る所に、珠美が爆音で街宣活動をした為、止むを得ず追い払おうとしたそうです」
「馬鹿な事を……珠美を怒らせたらお終いだっ! 報告・連絡・相談を徹底しろと言ったではないかっ!」
「ショチョウ。問題は、ホウ・レン・ソウではなく、大根を踏み躙った事が珠美の逆鱗に触れてしまい、天罰を与えられてしまった事デス」
「あぁ、次から次へと問題が発生するではないか……一体、どうなっているんだ……」
「ショチョウ。これは全て鯉乃めぐみの縁結びの力によるものデス。邪神、悪神なら珠美に恐れ戦くでしょう。しかし、地球外生命体が擬態したヒト型爬虫類は神道の事が、リカイデキマセン」
「盲点だったか……」
「ショチョウ。不要になったレプティリアンの処分も早急に行わなければなりません。八岐大蛇プロジェクトの推進を、オネガイシマス」
「あぁ。分かっているとも。プロジェクト第一だ。しかしマックス、レプティリアンの処分を急ぐ理由は何だ?」
「ハイ。レプティリアンが我々に不信感を募らせております。クーデターが有るかも、シレマセン」
「クーデターだとっ! クソッ、鯉乃めぐみめ……」
三人の男達は本部の職員に酷く叱れ、不貞腐れていた――
「本部に報告したらコテンパンに怒鳴られたぜ……トホホ」
「あのブスが食物神なんて、俺達に分かるわけが無いじゃぁ無いかっ!」
「あぁ。それに最近聞いた話では八岐大蛇プロジェクトが完成したらしいぜ」
「じゃぁ、俺たちはお払い箱なのかよ?」
「そりゃ、そうだろ。擬態して人間に成りすましていても戸籍が無いんだ。選挙権が無い俺達じゃ……」
「そんな馬鹿な話があるかよ。今まで散々利用しておいて、話が違うじゃねぇかっ!」
「落ち着けっ! 俺に怒っても無駄だ。腹を立てると、余計に腹が減るだけだ」
「腹減ったなぁ。なぁ、気分を変えて、何時もの店でタンメン特大増し増しでも食うか?」
「あぁ、それ良いね。乗った」
「俺も。ガッツリ食おうぜっ!」
三人の男達は本部に戻る事も出来ず、肩を落として背中を丸め、悲しい気分でラーメン屋に向かった――
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