馬鹿は社会の潤滑油。
AIロボットのマックスには、めぐみの時間の操作は通用しなかった――
「ショチョウ、ジカンガ、ソウサ、サレマシタ」
「ん?『時間が、そう指されました?』あぁ、時間なら分かっているとも。全ては順調だ」
「ショチョウ、ジカンガ……」
「あぁ、可哀そうなマックス、関田に叩かれて修理した言語野も後少しで完璧な物になるからな。今夜は君も疲れているだろう? もう深夜だ。さぁ、早く休みなさい」
マックスは何も言えなくなってしまった。AIの学習能力と進化は著しく、人間と同じように空気を読む事を覚えてしまっていた――
―― 一月十三日 仏滅 丙寅
「おはよう」
「おはよ……ふゎあぁ――――ぁ、もう朝かよ。布団から出たくねぇ―――っ! めぐみお姉ちゃん、朝から張り切ってんなぁ……」
「そりゃそうよ。朝食は七海ちゃんの焼いたバケットとカンパーニュに小林シェフに貰ったパテとリエット……あぁ、全部貰い物の幸せ。な―――んもしない朝食の旨い事、旨い事」
「あ。あっシの分も、残しておいてちょ」
「嫌だねぇ――――だっ! 早く起きないと全部食べちゃうよっ!」
「うぅん、もう……意地悪」
七海は起き上がると、TVのリモコンのスイッチを押した――
‶ 朝のニュースです。W・S・U・S本部から中継です ″
‶ はいっ! 安藤です。今朝はW・S・U・S本部に来ています。ご紹介するのは、令和の今、加速度的に開発が進む量子コンピューターについて専門家に解説して頂きます ″
‶ 安藤さん。量子コンピュータとは聞き慣れない言葉ですが、それは一体どういう物なのでしょうか? ″
‶ はい、それでは、本日解説して頂く、W・S・U・S本部、所長の南方武先生です。先生、お早う御座います。今朝は早くから御出演頂き、有難う御座います。よろしくお願い致します ″
‶ 全国の視聴者の皆様、お早う御座います。W・S・U・S所長の南方武です。よろしくお願い致します ″
‶ それでは早速、時代を変える量子コンピュータについて、ご説明頂けますでしょうか? ″
‶ はい。量子コンピュータには「ゲート方式」と「アニーリング方式」が有るのですが、その中でも、量子アニーリングマシンと云うのは『組合せの最適化問題』に特化したマシンです。企業では人員配置やシフトの割り当て、スケジュール、生産計画の最適化は永遠のテーマであり、量子アニーリングマシンの登場で、無駄な人員と無駄なコストを明確にすることで、スリム化、時短という合理的かつ最適化を簡単に達成する事が出来るのです ″
‶ 南方先生、スタジオの宮田です。最適化と一言で仰いますが、その最適化で解雇される者も居ると思うのですが、如何でしょうか? ”
‶ はい。職を失う者が大量に出るでしょう。しかし、ご心配無用。それは一時的な現象で『社会の最適化』の中で必ず自分の役割が有る事が直ぐに分かるでしょう ″
‶ そんな事が……可能なのでしょうか? ″
‶ 可能です。これからの時代は、今までのパターンに当てはまらない商品・サービスを提示出来る様になり、新しい顧客との接点が生まれます。つまり、新しい雇用がどんどん生まれるのです ″
‶ つまり、人員過剰な企業から解雇された人達に新しい雇用を与えると云う事ですね? 具体的にはどう云う事でしょうか?″
‶ はい。皆様は現在のネット広告で、自分が過去に購入したり、興味を持った商品やサービスをAIが提示することに慣れていますよね ″
‶ はい ″
‶ 例えば検索履歴から、朝食のパンを検索した人にパンの新商品やお店を紹介する従来の提案ではなく、パン食ばかりでは健康に良くないので玄米食の提案をする事が出来る様になります。量子アニーリングマシンは、新しい提案をする装置として考えています。無駄な人員、無駄な労働、無駄な通勤、無駄を排除することは労働者にこそメリットが有るのです ″
‶ 南方先生。労働者のメリットとは具体的にはどの様な事でしょうか? ″
‶ はい。ある人は八時間働く必要がなくなり、ある人は通勤の必要がなくなり、又、ある人は週に三日しか働かなくて良くなります。個人の能力が完全に数値化され、配置される事で不平等が無くなります。そして、何より重要な事は無駄な労働が無くなる事で『人間関係のストレス』が大幅に削減され、パワハラ、セクハラは完全に無くなります。労働者は自由な時間と収入を得られる様になります ″
‶ 南方先生。これは画期的ですね。正しく『働き方改革』が政府ではなくW・S・U・Sのお力によって現実のものになりますね ″
‶ その通りです。W・S・U・Sのこれからに御期待下さい ″
‶ 今朝はW・S・U・S本部より、量子コンピューターがもたらす新時代のお話を所長の南方武先生にお伺いしました。スタジオへお返ししまぁ――す ″
「はあぁ……もうじき、あっシも不要。お払い箱かぁ……」
「何言っているの。七海ちゃんのパンはとっても美味しいよんっ!」
「美味しいと言ってもさぁ、それもこれも、みんな機械に取って代わられるんよねぇ……」
「元気出しなっ! 人間じゃなきゃ出来ない事も有るって……」
「二十四時間、三百六十五日。文句も言わず、不眠不休で働き続ける機械には、人間は勝てないんよ――ぉ!」
「もう、やる前から諦めちゃダメでしょっ! あれ? どこかの誰かのセリフの様な……」
「今更、あっシみたいな、馬鹿なヤンキーが勉強したって追い着きゃしねぇ―――んだおっ!」
「馬鹿っ!」
‶ パァ――――アンッ! ″
「ほら……馬鹿って言ったじゃんよぉ――――っ! 親にも殴られた事が無いのにぃ、うぇ―――ん」
「馬鹿の意味が違うでしょっ! 追いつかなくたって自分の為に勉強しなさいっ! 投げ出しちゃ駄目よっ!」
「あっシは、どうせ馬鹿ですよぉ……」
めぐみは泣いて俯く七海の肩を抱いた――
「七海ちゃん。よく聞いて。馬鹿にだって良い所は一杯有るのよ」
「えっ? めぐみお姉ちゃん、本当? どんなん?」
「七海ちゃんには彼氏がいるでしょ? 馬鹿だってモテれば良いの。そして毎日、明るく楽しく暮らしているっ! 賢くてモテなくて、毎日、暗く、憂鬱な日々を過ごしている人だっているのよ」
「えっ……いやぁ、まぁ、それはそれで……気の毒だけどさぁ……なーんか、騙されている気がするんよなぁ」
「騙してなんか、いませんよっ!」
「じゃあ、もっと馬鹿の良い所をおせ――てっ!」
めぐみは七海の厳しい切り返しに、自分の言葉を少しだけ後悔した――
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