知っているのに知らんぷり。
その日の夜。仕事を終えて帰宅したピースケは、和樹にブライト・ソードの事を話した――
「何だって? めぐみさんがブライト・ソードを……天の国より帯刀を許されたのだな……」
和樹は瞼を閉じて腕を組み、鼻から大きく息を吐いた――
「クックックッ……ハッハッハッハ。あーっはっはっはっ!」
「和樹兄貴……大丈夫ですか?」
「ピースケ、大丈夫も何も、これで一件落着だ。南方武よ、首を洗って待っていろっ! フッフッフッフフ、あーっはっはっは」
ピースケは和樹が壊れたように思え、慌てて駿に連絡をした――
「えぇ? 和樹ちゃんは壊れてなんかいないよ。めぐみちゃんが、ブライト・ソードの帯刀を許可されたのなら、鬼に金棒だよ。天国主大神様は見ているのさ。フッフ、お天道様は見ているって事。はっはっはっは」
「駿先輩……」
ピースケは『めぐみ的楽観主義』が蔓延している事に慄いた――
‶ ピンポーン、ピンポーン、ピンポーンッ! ″
「めぐみお姉ちゃん、ただいまっ!」
「お帰り。お疲れちゃん」
「雪女だぞっ!」
七海がふざけて、かじかんだ手をめぐみの頬に押し付けた――
「ひゃぁぁ―――――ぁあっ! 冷たい、冷たい、寒っ!」
めぐみは無言で洗面器にお湯を張り、七海も無言で手を漬けた――
「ほぉえぇぇぇぇ―――――――え。温まる、まる、生き返るぅ」
「生き返ったら、夕飯にしよう」
「おっ?! あっシは夕飯作らなくて良いの? めぐみお姉ちゃん、何作ったん?」
「ビーフストロガノフ」
「マジで?」
「それとテリーヌとパテとリエット」
「はぁ? 何それ。あんだお、買って来たん? パテとリエットが被りまくっているじゃんよ――ぉ」
「違うよ、小林シェフに貰ったんだぁ―――い。七海ちゃんのパンと合う様に作ってくれたのよ」
「そゆこと? 何か嬉しい」
テリーヌとパテとリエットは冷蔵庫に待機してもらい、ビーフストロガノフと格闘した――
「マジクソ旨ぇなぁ……」
「やっぱ、プロの味よね……贅沢っ!」
食事を終え、洗い物をしているめぐみに七海が背後から話しかけた――
「めぐみお姉ちゃん。ちょっと気になったんだけど……」
「はぁ? 何が? 美味しかったでしょう?」
「ちげえーよっ! 料理は大満足だっちゅーの」
「じゃあ、何よ」
「此処へ来る時、暗いのにサングラスを掛けている変なオッサンが何人か居たんよ」
「別にサングラスくらい誰でもするし、自由でしょう? 何が気になるのよ?」
「……うん、でもさ、何か、このアパートが見張られているみたいなんよねぇ」
「見張られている?」
七海の直感がめぐみ琴線に触れた――
めぐみはクロノ・ウォッチのボタンを押して時間を止めた――
「おーしっ、行ってみるかっ!」
部屋を出て階段を駆け下りると、周囲を見回した。すると、サングラスを掛けたオッサンがコイン・パーキングと向かいのマンションの駐車場に二名、通りの角に三名が居る事に気が付いた――
「これ見よがしにサングラスなんかして、バレバレやん」
めぐみはオッサンの所持品からW・S・U・Sの職員であることを確認した――
「ったく、ストーカーかっつーのっ! 仕方が無い、ちょっと悪戯してやろうっ!」
オッサンの懐のメモ帳にメッセージを書いて、そっと戻し、部屋に戻るとクロノ・ウォッチのボタンを押して、止めた時間を動かした――
「七海ちゃん、見張られているなんて、被害妄想よ」
「めぐみお姉ちゃん、彼奴ら堅気じゃ無い様な……堅気な感じもするんよー、カトリックスのエージェントみたいな感じって、感じがするんよねぇー」
「カトリックスってこの間観た映画? 私は日本神道でぇ――――すっ!」
「きゃはははっ!」
めぐみと七海が眠りに就くと、W・S・U・Sの職員は交代した――
「御苦労」
「あぁ。後は頼む」
「了解」
張り込みを終えた職員達はW・S・U・Sの本部に戻り、報告の為、所長室に向かった。所長室の入り口でサングラスを外し中へ入ろうとした時、めぐみの悪戯に気付いて、爆笑してしまった――
「何だお前の目、あっはっはっは」
「お前だって、目を閉じても開いているぞっ! あっはっはっは」
「お前は、少女漫画のヒロインみたいになっているぞっ!」
‶ あーっはっはっは。 あ―――はっはっはっはは ″
「ん? マックス、部屋の外が騒がしいぞ」
「ハイ。イマ、カクニン、イタシマス」
‶ ガチャッ、ウイ――――ンッ、プッシュー ″
ドアが開くと爆笑していた職員達は凍り付いた――
「あっ。申し訳ありません……」
サングラスを外した職員達は目力最強のメイクをした状態だった。それを見た南方も笑い出してしまったが、直ぐに気を取り直した――
「マックス、これはどういう事だ?」
「ハイ。メグミガ、クロノ・ウォッチデ、ジカンヲ、ソウサシタ、モヨウ」
「何だと? しかし、何故、こんなに早く監視している事がバレたのだ」
「ハイ。モウシワケ、アリマセン、サングラスガ、シッパイノ、ゲンインデス」
「マックス、自分を責める必要は無い、私の判断だ。責任は私に有る」
「アパートノ、カイワカラ、ナナミガ、フシンニ、カンジタ、ヨウデス」
「うーむ。小娘と言えども女の感は侮れぬか……さて、遅くまで御苦労。今日はもう遅い。明日も宜しく」
「はい。失礼します」
ひとりの職員が、懐のメモ帳を取り出して明日のスケジュールを記そうとした時、めぐみのメッセージが出て来た――
「あぁっ! これは……」
「どうかしたかね?」
「所長……これを……」
職員はめぐみのメッセージを差し出した――
‶ この、変態エロ爺っ! ストーカーみたいな真似すんじゃねぇ――よっ! ″
「ぐぅっ。この私を……変態エロ爺だと? ぽっと出の小娘が、諏訪の龍蛇神のこの私を……許さんっ!」
南方は瞳に悔し涙を浮かべ、奥歯を噛み締めワナワナと身震いしていた。だが、不思議な事に手に持っためぐみのメモが光って消えると、南方も職員も何事も無かった様に自然な会話をしていた――
「よし。順調だな。では、引き続き明日も頑張ってくれ。ご苦労さん」
「はい。失礼します」
‶ ガチャッ、ウイ――――ンッ、プッシュー ″
めぐみに時間の操作をされた事を、AIロボットのマックスだけが知っていた――
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