消えた古書店。
―― 一月十日 先勝 癸亥
駿と和樹は関田の家を張り込んでいた――
「なぁ、駿。しかし、張り込みと云うのは疲れるなぁ……動きの無い相手をジッと監視するのは身体が鈍っていけない……思いっ切り大暴れする方がオレの性分には合っている……ふぅ」
「和樹ちゃん、あと少しの辛抱だよ。ピースケちゃんの情報ではW・S・U・Sに動きが有った様なんだ。そろそろ、こっちにも動きが有ると思うよ」
「ふーん。お前は根気強いなぁ。だが、あの関田と云う男『警察に捜索願い』とは驚いたな。中々、ヤルじゃないか」
「ああ見えて、学生の頃はラグビー部だったそうだよ。教員時代は山岳部の顧問だったみたい。体力に自信が有るタイプで、負けん気も強そうだよ」
「そいつが八岐大蛇酒を飲んで若返り、気力体力が充実して来ているって事か……」
「あぁ。その本人は古希を前に前頭葉が委縮して怒りっぽくなっていると錯覚しているけどね」
「だが、老人特有の癇癪だと思い込んでいるのも、時間の問題だろう……」
「うん。身体が日に日に変化している事を脳が受け入れられないんだよ。でも、大和田と会って話をすれば、その事が分かるはず……」
「来たっ!」
〝 ブォ-―――――――ンッ、キイィ――――――――ィッ! ″
30メートル離れたコインパーキングから双眼鏡で見張っていた和樹と駿は、関田の家の正面玄関にタクシーが横付けされると、色めき立った――
「いよいよ、お出ましか? なーんだ、奥さんか……」
「いやっ、奥さんはタクシーは使わないよ。今、出てて来ると思う……」
駿は冷静にエンジンを始動し、駐車料金を清算した――
「ほう。御名答、何やら大きなカバンをも持って出てきたぜ」
〝 バタンッ、 バタンッ、 ウィ――――ン ″
「行って来るよ」
「あなた。お気を付けて」
「夜食は要らないからね」
「分かってますよ。たんと美味しい物を食べて来て下さい、飲み過ぎないでね」
「あぁ。分かっているよ。運転手さん、大帝国ホテルまでお願いします」
「ハイ、畏まりました」
「いってらっしゃ――い」
〝 ブォ-―――――――ンッ! ″
「さて、こっちも行くとしようか」
「OK!」
和樹と駿は、関田の乗るタクシーを尾行した。国道246で渋谷へ向かい、都道412号に入って六本木、赤坂方面に向かっていた――
「ん? 何処へ行くのかと思えば、たいそう立派なホテルじゃないか……」
「なるほどね」
駿はケータイでピースケに連絡した――
「ピースケちゃん、関田は今、大帝国ホテルに入った。此処で大和田と会食をする様だ」
「了解しました。おそらく関田は人払いと、監視役の行動を封じるために大帝国ホテルを選んだのだと推測されます。でも、個室での会食は逆に危険です」
「あぁ、どうやらその様だ……大和田が到着したら、また連絡するよ」
「待って下さい、それでは手遅れに成りかねません。僕たちも潜入しなければいけません、今すぐ応援に行きますっ!」
「あぁ、心強いな。待っているよ」
「了解しましたっ!」
「和樹ちゃん、そう云う事だよ」
「ふむ。あの爺さん、中々ヤルじゃないか……」
関田がこれほどまでに警戒するのには理由が有った――
―― 三日前 一月七日 仏滅 庚申
関田は史料を入手した古書店に向かっていた――
「何としても、あの史料の出所を聞かなければ……まだまだ貴重な史料を持っているかもしれない……」
大通りから書店のある脇道に入ろうとすると、異様な光景が広がっていた
「無いっ! 建物が取り壊されている……そんな馬鹿なっ!」
呆然とする関田の目に映ったのは見覚えの有るW・S・U・Sの職員達だった。そして、反射的に物陰に隠れると、職員達が工事現場の作業員に話し掛ける声が聞こえた――
「あー、君。お尋ねしたいのだか、此処に有った古書店の移転先が分かるかね?」
「さぁ、知らないねぇ」
「知らない?」
「知っていたとしても、個人情報は答えられないんでねぇ、お生憎様」
「私達はW・S・U・Sの者だ。怪しい者では有りませんよ」
「W・S・U・Sって、あの有名な?」
「誰か分かる者は居るかね?」
「あ、ちょっと待って。監督っ! 此処の持ち主の所在を知りたいそうです」
「持ち主? 持ち主なら明光地所だよ」
「そうじゃなくて、此処に有った古書店は何処に移転したのか知りたいって、W・S・U・Sの方々ですよ。きちんと教えてあげて下さいよ」
「W・S・U・Sが何故? 古書店……? あぁ、そんな物は、とっくに潰れてますよ。仙人みたいな爺さんが居たそうだけど、去年の夏の猛暑でくたばったんですよ。それで明光地所が買い上げたのです。言いたくは有りませんがねぇ、あの爺さんがくたばってくれたお陰で、やっとこの地域の開発が出来るのです。古書店の代わりなら他に幾らでも有りますよ」
「そうでしたか。分かりました。有難う御座いました……」
職員達の顔色が変わり、振り向いたので関田は慌てて身を屈めた――
「所長の言う通りだなぁ……あの日、関田が此処を訪れている。W・S・U・Sを訪問する前の事だから、GPSの記録の入手に時間を取られてしまったのが失敗だな……」
「ですが、とっくに潰れていると……」
「あぁ。だが、潰れたはずの古書店に二時間以上滞在しているログが残っている。岸田の方も行動履歴をもう一度洗い直そう」
「御意」
W・S・U・Sの職員達は関田の存在に気付かないまま、その場を立ち去った――
「まさか……あの日からずっと、尾行され監視されていたとは……しかも、それ以前の行動まで調べ上げていると云う事は、何か重大な秘密が有るに違いない……大和田君の安否を確かめなければ……」
―― 大帝国ホテル 地下一階 日本料理 赤虎
「いらっしゃいませ。ようこそ、赤虎へ」
「今晩は。予約した関田です」
「ご予約の関田様ですね。確認いたします。ハイ。本日二名様で個室をご予約頂いております」
「ご無理を言って、すみませんでしたね」
「いえ、先生。何時も有難う御座います。案内の者が参りますので、暫くお掛けになってお待ち下さいませ。今、お飲み物をご用意致します」
関田は大帝国ホテルの一流のサービスと対応に安堵し、穏やかな気持ちを取り戻していた――
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