農家の嫁と頑固頭。
めぐみは思い立ったら直ぐ行動とばかりに早口で捲くし立てた――
「今日は買い物に付き合わせたり、沢山の洋服を頂いて、その上、御馳走までして貰い、本当に有り難う御座いました。感謝します。楽しかったです。用事を思い出したので、帰ります。さようなら。おやすみなさい」
愛菜未は息を飲み硬直したまま何も言えなかった――
めぐみは自分の部屋に戻ると「日報」を書いて神官に送った。愛菜未に貰ったスーツをハンガーに掛けて、真新しい靴を玄関に置いて明日に備えた。
すると、早速、神官からメールで連絡が有った。画面を見ると「任務遂行の神社なら探さなくても、此方で御用意出来ますよ」とメッセージが有った。
ファイルをタッチして開き、スクロールすると候補の神社が全国に在った。
めぐみは窓を開けて天に向かって叫んだ。
「先に言ってくれよぉぉ――!」
翌朝、テキパキと身支度を整え、颯爽と階段を降りると、コインランドリーに清掃のために大家が来ていた――
「おはよう御座います、大家さん!」
「おっ、お早う御座います、めぐみさん。朝から元気が良くて何よりですね……声が大きくてびっくりしましたよ」
「分かります? コレ!」
「あぁ、スーツを買ったんですね。お似合いですよ。見違えましたよ」
「このスーツ、大家さんが愛菜未さんに買ってあげた物なんですけど?」
「愛菜未の? あっ、あの時のリクルート・スーツかぁ……貰ったんですか?」
「娘のスーツが分からないなんて最低ね!」
「リクルート・スーツなんて、どれも一緒で見分けが付か無いですよ……」
「大家さん、愛菜未さんの結婚に反対しているんですってね! 農家の嫁が勤まらないなんて、愛菜未さんが可哀想だわ」
「何だと? 愛菜未がそう言ったのか? 家族の事に口を挟むのは止めなさい! お前なんかに何が分かるんだ!」
言うが早いか、めぐみは大家の急所を蹴り上げた――
「女性に向って『お前』と言うな! 無礼者!」
「農家の嫁なんて幸せになれる訳が無い! 今よりも生活の水準を落として、田舎の人間関係の中で、うちの娘がやって行けるはずが無い! 不幸になるのが目に見えているのに大事な娘を嫁がせる親が居る訳が無いだろう!」
めぐみの瞳の奥が鋭く光った――
「不幸になるのが……目に見えているのだなっ! その言葉、忘れるでないぞ!」
そう言って踵を返すと神社へ向かった――
大家は立ち去るめぐみの後ろ姿に愛菜未を重ねていた。淋しささえも忘れて生きていた事に気付かされた――
めぐみは天の国のガイドに頼らず、自分で探した神社に向っていた。この意地っ張りな性格が何事もやり通して来た自信だった。
喜多美神社は都会の喧騒を離れ時を忘れさせた――
周辺は住宅街なので、とても静かだった。一礼して鳥居をくぐると、そこはもう、神聖な空気が流れていて、めぐみは「今は人間である、人間と同じ作法で参拝をするのだ!」と言い聞かせ端を歩いた。
手水をとると、ご神前へ進み賽銭箱の前で会釈をし、賽銭箱にお賽銭を入れて鈴を鳴らし、二礼二拍手をした――
「この神社で働く事とする!」
めぐみが大きな声でそう告げると、会釈をして最後にもう一度、鈴を鳴らした――
「かららーん、かららーん!」
その鈴の音に、周囲に居た神職も巫女も覚醒し、めぐみに深々とお辞儀をすると、既知の者同士になっていた。めぐみは履歴書も持たず、自己紹介の挨拶もせずに巫女装束に着替え、天の国と同様に一日のお勤めを終えて家路に就いた――
大家は、めぐみに言われた言葉が忘れられなかった――
『不幸になるのが目に見えているのだなっ! その言葉、忘れるでないぞ!』耳にこびりつき、何度も、何度も、こだまの様に、脳内で再生されて震えが走った――
大家は言い過ぎた事を反省していた――
「たとえ他人であろうと、うちの娘を心配してくれた人なのに、何て事を言ったんだ……帰って来たら、きちんと謝罪をして許して貰おう」。
暫くすると、めぐみが帰って来たので呼び止めた――
「待って! めぐみさん、 いやぁ、今朝は失礼な事を言って、すまなかったね。本当に申し訳ない事をした。許してくれ、この通りだ」
そう言うと、深々と頭を下げて誠心誠意お詫びをした――
めぐみは低く太い声で言い切った――
「許さん!」
大家は耳を疑った――
「これだけ年長者が詫びているのに『許さん』とは何事だ! 下手に出ているからと言って、図に乗るもいい加減にしなさい!」
めぐみは眼光が鋭くなり見下して言った――
「誰が謝罪してくれと言った、謝罪など要らん! お主が謝罪するべき者は私では無い! 別居中の妻と愛娘の愛菜未だ! 戯け者が!」
大家は心臓が止まったような感覚に襲われた――
「では、大家さん、さよなら。 おやすみなさい」
「ええ、めぐみさん、さよなら、おやすみなさい」
めぐみは階段に一歩足を掛けると、にっこり笑って優しく言った――
「良い夢を見て下さいねー。そして、夢で逢いましょう。うふふふふっ」
大家は言葉も出なかった。そして、冷たい汗が頭頂部から背中をつたいお尻まで流れているのを感じていた――
ほどなくして、コインランドリーの集金と補充、清掃をして終局を済ませると家路に就いた――