最後のメール。
―― 一月六日 先負 己未
あれから関田は書斎に閉じ籠り、思考の沼に嵌まっていた。店主から頂いた三冊の史料。その内容は郷土史には御祭りの事が記され、もう一冊は表題に『因幡の白兎-外伝』とあり、目を通すと調べるに値しないと見向きもしなかった。だが、最後の一冊は大谷家と村人を含む、たたらの製法に関係したものだった――
「う―む。何度、読み返しても分からない……技術内容も難し過ぎて分からないが、この紙の材質は時代が特定出来ない、その上、書かれている書体は大変古い物だが、記されている内容は産業革命以降に思えて仕方が無い……時代がバラバラに感じてしまう……それとも、これ程の技術が既に日本には有ったと云う事なのだろうか……?」
〝 コン、コン、コンッ! ″
「あなた。岸田先生からお電話です」
「分かった。今行くよ」
書斎を出て階下へ行き、電話に出た――
「あー、もしもし、関田君。元気かね? 電話を頂いたそうだが、丁度、学会に出席していたものだから、済まなかったね。それで、大和田君には会えたかね?」
「いいえ、会えませんでしたよ。W・S・U・Sが、のらりくらりと嘘を吐くものですからねぇ、私も柄にも無くカッとなりましてねぇ。それで『警察に捜索願いを出しますよっ!』と言ったら……」
「ほう。そしたら、W・S・U・Sは何と?」
「急に態度を変えましてねぇ。何名か職員が出て来て。それで、結局、こちらに会いに来ると云う事で決着をしたのですが……」
「はぁ――ぁ、それは大したものだ。そうかい、会いに来るのか。良かったではないか。はっはっは」
「岸田君。笑い事では有りませんよ。君に『折り返す』と言ったきり音信不通なのだから、会いに来る保証は有りませんよ」
「ふーむ。連絡が来ない可能性も否定出来ないと云う事かぁ……」
「なぁ。岸田君。君……何かこの私に隠し事は無いか? いや、何か隠しているね?」
「うーん……仕方が有るまい。君の耳に入れたくは無かったのだが、どうもW・S・U・Sと云う組織が変節と云うのか変質と云うべきか……特定の宗教や政治団体と関係を強めているのだよ」
「それを指摘した君が、吊るし上げられて、出入り禁止なった話なら聞いたよ。資本主義である以上、研究にはお金と、それ以上に莫大な時間が必要なのだから、特定の団体に有利な研究をする事も仕方の無い事ですよ。今更、君がそんな事を言うなんてねぇ……しかし、大和田君は一体、何か特別な研究でもしているのかい?」
「君に、こんな話をすると笑われると思って、今まで黙っていたのだが……どうやら軍事に関わる事の様なんだ」
「軍事とは?」
「最新兵器の開発が関係しているらしいのだよ」
「おいおい、島根や鳥取県人のミトコンドリアの研究が兵器に結びつくとは、到底、思えないがね。あっはっはっは」
関田は八岐大蛇酒の事が脳裏を過った――
「関田君。詳しい事は私も分からないのだよ。だからこそ、大和田君に会って話を聞きたかったんだ」
「あぁ、分かったよ。しかし、大和田君がそんな物に関わっていたとしたら……もう、一生会えないかもしれないなぁ……」
「おいっ! 脅かさないでくれよ。あれ以来、ご家族も連絡が取れないそうなのだがW・S・U・Sから『重要な研究のリーダーに抜擢された』と連絡が有ったそうで、不信感は抱いていないのだよ。まぁ、私の取り越し苦労で済めば良いのだが……」
「うーん、怪しいと云えば、怪しいのだが……大和田君に会って話せば、全て解決するだろう。会えない時は『捜索を願いを出す』と言い切って来たのだ。あまり心配しない方が良いよ」
「あぁ、そうするよ。関田君、ここまで話したのだから大和田君から最後に貰ったメールを君に転送しておくよ。もし、会えたら私にも連絡をくれる様に伝えてくれ給え。では」
電話を切って書斎に戻り、暫くすると岸田からメールが届いた。関田はそのメールを開いた――
岸田先生 先日は有難う御座いました。
まさか、調査の依頼主が関田正彦先生だとは思いませんでした。
私の人生で、これ程、嬉しい日は有りませんでした。
お陰様で、採取した大谷家当主の血液検査が無事終了しました。
驚いたのは、この血液中に人類史上初めての発見が有った事です。
類稀な性質を持っており、驚愕しております。
詳しい事は話せませんが
この血液を輸血したマウスがカピバラに迫るほど巨大化、成長しました。
この血液は老化を止めるどころか若返りをする程なのです。
僕は高齢者向けの『不老不死の薬』の研究と並行して
医者の要らない『完全体』の研究をするプロジェクト・リーダーになりました。
信じられない程の、大抜擢です。
でも、あまり嬉しくは有りません。
何故なら、研究費の拠出先が軍産複合体と宗教団体なのです。
所長に理由を聞くと、製薬会社と医療機関は
この研究が医療関係者の失業を意味していて
猛反対だからだと説明を受けました。
半分は納得出来ましたが、半分は疑っています。
人間兵器の大量生産と云えば、荒唐無稽に聞こえるかもしれません。
ですが、この研究を一部の人間が独占し、悪用される事を
僕は恐れています
大和田健三
関田はそのメールを読んで、脳内で散乱していた点と線が繋がった。そして、嗜好の沼から飛び出した――
「これは一大事だっ! 八岐大蛇の血液では無く、御当主の血液を採取していたとは……動物実験も済み、臨床試験に入ろうものなら……人間兵器とはつまり、特定の人間を改造して不死身の人間兵器を作ると云う事か……」
関田は史料を手に取ると、三冊を開いて並べた――
〝 村人は、その酒を酌み交わし 三日三晩 休む事無く 打ち続け 踊り続けた ″
〝 海水では傷口が酷く痛むが 三つの岩と二つの池 湧き出でたる 清水にて 傷口を洗うが良い ″
〝 その鋼で出来た鏃《鏃》 千里を飛び 岩をも貫き通す 力有り ″
「この、たたらの製法で作れるのは今までにない超合金であり、祭りの記録はその手順を解説した物だっ! そして、この『因幡の白兎-外伝』は材料の調達と加工について暗号化されているに違いないっ!」
関田は自分自身が若返り、それ以上の力が漲っている事に
まだ、気付いていなかった――
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