やって参りましたっ! 鵜飼野珠美ちゃん、でぇ――すっ!!
―― 一月五日 友引 戊午
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「落ち着いたわね」
「落ち着きましたよぉ。やっとぉ、普通にぃ、仕事が出来るんですよぉ」
「でも、まだまだ人出は多いですよね」
「めぐみさん、何時もぉ、する事が無い位ですからぁ、この位がぁ、丁度良いんですよぉ」
「そうですよ、めぐみ姐さん。紗耶香ちゃんの言う通りですよ、僕も働き甲斐が有りますよ」
「紗耶香ちゃん、紗耶香ちゃんって……ピースケちゃん。お前、やる気満々やないか―――いっ!」
そこへ、もうひとり、やる気満々の誰かがやって来た――
〝 ザン、ザン、ザン、ザンッ、パンパカ、パッパ、パ――――ンッ! ザン、ザン、ザン、ザンッ、パンパカ、パッパ、パ――――ンッ! ″
喜多美神社周辺の閑静な住宅街に鳴り響く大音響――
「典子さん、紗耶香さん、あの音は何ですか?」
「あれはぁ、右翼のぉ、街宣車なんですよぉ、恐ろしい事が起きるぅ、前触れなんですよぉ」
「きっと、どこかの誰かが、問題を起こしたに違いないわっ! こんな静かな住宅街に街宣車なんて……」
「チッチッチ。めぐみ姐さん、今日は何日ですか?」
「え? 五日よ」
「五の付く日と云えば?」
「ん? もしかして……」
爆音を轟かせてやって来たのは誰あろう、お稲荷さんこと鵜飼野珠美だった――
街宣車の音量はどんどん大きくなり迫って来ていた。そして、路地を曲がり神社の横道に入ってくると、マイクを入れた――
「アー、テス、テスッ。ど――も――――、どーも、でぇーす。皆さん、かぁんにちはぁ―――! やって参りました、鵜飼野珠美ちゃん、でぇ――――すっ! お元気ですかぁー? 私は、元気でぇ―――――すっ! ご町内の皆様ぁ、かぁんにちはぁ。窓から応援、有難う御座いまぁ――すっ! お久っ、お久っ、お梅さん、お久っ。有難う御座います、有難う御座います。お菊婆ちゃん、おゲンコぉ――――っ! L・O・V・E、愛してまぁ―――――すっ!」
「典子さん、あれは何ですかぁ? 街宣車じゃぁ、無いじゃないですかぁ。選挙みたいにぃ、有権者に御挨拶したかと思ったらぁ、ロック・ミュージシャンみたいになりましたよぉ」
「紗耶香さん、分ったわ。あれは、この間の行商の人よ。ちょっと大袈裟な登場だけど、大丈夫よ」
鵜飼野珠美のトラックが神社の駐車場で店を広げると、近隣住民がどこからともなくワラワラと湧いて来て、何時しか黒山の人だかりだった――
「しっかし、意外や意外、鵜飼野珠美、人気有るのかよぉ……驚きだわぁ」
「めぐみ姐さん、独居老人や、話し相手の居ない孤独な主婦を、がっちりグリップして、驚異的な売り上げを叩き出しているのが、鵜飼野珠美なんですっ!」
「マジかぁ……」
神社の駐車場は活気に溢れていた――
「さぁ、本日持って参りました。お米にお野菜は言うに及ばず、目玉の商品はっ!」
「目玉の商品は何? 珠美ちゃん、おせぇ―――てっ!」
「私、鵜飼野珠美が無農薬有機米から出た生の米糠を使い、有機野菜を漬けた糠漬けでぇ――――すっ!」
「糠漬けだって。ありがたいねぇ、嬉しいねぇ。珠美ちゃん、もっとおせぇ――てっ!」
「はぁい、早速のレスポンス、ありがとうございま―――すっ! 厳選された、ぬか、塩、水、昆布、かつお節、唐辛子に煮干しと干し椎茸、爽やかな香りと防腐効果をプラスする実山椒を茹でた物を入れて数週間、丹念に丹念に揉んで返したぬか床に、きゅうり、大根、ニンジン、プチトマトを漬けましたぁ―――っ! 昆布は風味も旨味も強い羅臼、塩は能登の揚げ浜式製塩の塩、水は天然水、ぬか床の風味の邪魔をしない干し椎茸は、山梨県の名人の物を使用していまぁ――――すっ! ぬか床は乳酸菌が元気溌剌でぇ――――――すっ!」
「でも……」
「ご心配無く。通常でしたら千円、二千円頂戴したい代物ですが、新春特価、三百円でぇ――――すっ!」
〝 わぁあ―――――っ! 買った、買った、買った――――ぁっ! ″
珠美の販売は大盛況だった――
そして、黒山の人だかりも何時しか消えると――
そこに、ひとり佇む女、尾原麗華が居た――
「あら? あなたはこの間の? どーもでぇ―――すっ!」
「…………」
「お元気……では、なさそうですが、どうかしましたか?」
「はい。五の付く日と聞いておりましたので、こうして、やって参りましたが……この私には、人を掻き分けて買う事は出来ませんでした。残念です……」
「あぁ――っ、そう云う事でしたか。それなら今日も特別にお分けしまぁ―――すっ!」
「本当ですかっ? 有難い事です」
「しかもぉ、今日、会員になって頂けたならぁ、次回から配達サービスが受けられまぁ――すっ!」
「まぁ、何てお優しい……正直、十日置きにお野菜をまとめて購入するのは持ち運びが大変で、カートを買おうか迷っていたのです」
「全部、お見通しでぇ――――すっ! 但し、注文はこの神社に来て直接お願いしまぁ――――すっ!」
「はい。分かりました。そうさせて頂きます。助かります」
「はぁ――――い、人助けは私の使命なのでぇ――――すっ!」
鳥居の向こう側から様子を見ていた、めぐみとピースケは驚いていた――
「ピースケちゃん、あのお多福。優しいし、気が利いているし、中々ヤル奴なんだねぇ……」
「ええ。普段は本当に人に慕われ愛されるキャラなんです。しかし、それ故、ストレスを溜め込み易く、我慢の限界が来た時が……ヤヴァイのです」
「ヤ、ヤヴァイの、ですか?」
「彼女の神格が崩壊した時、その時は……」
「その時は?」
「地獄絵図になると……断言出来ます」
珠美はバタバタと店を片付け『通り道で、ついでだから』と、買い物をした麗華を送りがてら帰る事にして、助手席に乗せるとトラックのエンジンを掛けた――
〝 ドルルルンッ、ガラガラガラ――― ブォ-――――ンッ ″
そして、来た時とは違い、静かに音も無く喜多美神社を去って行った。めぐみとピースケは、その姿が見えなくなるまで見送っていた――
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