隠された事情。
―― 一月三日 赤口 丙辰
〝 リリリリリ―――――ンッ、リリリリリ―――――ンッ、リリッ ″
「はい、関田で御座います。あら、岸田先生、お久しぶり。明けましておめでとう御座います。今年も宜しくお願いします。今、主人に替わりますので、少々お待ちくださいませ」
受話器を置くと階段を駆け上がり、書斎のドアをノックした――
〝 コン、コン、コンッ! ″
「あなた。岸田先生からお電話ですよ」
「あぁ、分かった。今行く」
関田はあの日から取り憑かれた様に出雲の研究に没頭していた。そして、依頼した調査の結果報告さえ忘れていた――
「あ、もしもし、岸田君。明けましておめでとう。今年も宜しくお願いするよ」
「関田君、明けましておめでとう。こちらこそ宜しく頼むよ。なぁ、君。例の出雲の件はどうなったかね?」
「あぁ、調べ物に夢中で、すっかり忘れていたよ。そう云えば、大和田君は何も言って来ないな」
「はっはっは。関田君、随分と暢気だな。もう、かれこれ一年が経とうと云うのに」
「もう一年か……全く、この歳になると一年なんてアッと言う間だな。はっはっは。だが、調査には時間が掛かるものだしね、催促したと勘違いされても困る。若いのに一所懸命に働いている彼の事を思うと、気の毒で急かす様な事は言えないよ」
「ほほう。随分とお優しい事だ。何時もなら『何故そんなに時間が掛かるのだ』と檄を飛ばす君がねぇ……そう云えば、君の細君の声も何時もより優しく、若返ったかの様だなぁ。はっはっは」
関田は岸田の一言に覚醒した――
「岸田君、何時も一緒に居るので気が付かなかったが……妻の声はそんなに若返ったかい?」
「あぁ。何時も突っ慳貪で、私の声を聴くなり露骨な態度を取るのに『お久しぶり』なんて。お嬢さんと聴き間違えそうになったよ。いや、間違えて他人の家に電話したかと思ったくらいだ。あっはっはっは」
「そうか……妻が何時も突っ慳貪で済まないね」
「おいおい、皮肉を言っているんじゃないぞ。何時も男同士で長電話ばかりするから、嫉妬しているんだよ。なぁに、気にする事は無いさ」
「あぁ、ありがとう。ところで今日は……」
「関田君、実は大和田君と半年程会っていないんだよ。連絡が付かないし、困っているんだ。君なら何か知っているかと思ってね」
「連絡が付かないって? W・S・U・Sに連絡すれば良いではないか」
「それが『研究中で手が離せないから、折り返します』と言ったきり梨の礫でねぇ……」
「そんな馬鹿な。失礼にも程が有るっ!」
「そうなんだよ。君もそう思うだろ? 私もカッとなって翌日、電話したのだが……それ以降は『出張中で不在です』と職員に言われたままで、音信不通なんだよ。鳥取、島根に出張しているなら、君と会っているかもしれないと思ってね……」
「いやぁ、会ってなんかいない。それより、大和田君に何か用事でも有るのかい? 私に聞くより直接、W・S・U・Sに行って聞けば良いのでは?」
「関田君。実はね……W・S・U・Sは出禁なんだよ。以前、宗教団体や特定の団体と付き合うのは公平性や透明性に疑惑の目を向けられかねないと忠告したら……それはもう、酷い吊るし上げを食らってねぇ……」
「宗教団体や特定の団体……か。うーん、分かりました。それなら今度、国会図書館の帰りにでも、W・S・U・Sに寄ってみますよ。直接、話を聞いた方が良いだろう」
「あぁ、そうしてくれると助かるよ。持つべきものは友だな。又、ゆっくり飲もうじゃないか。はっはっはっはっは」
関田は電話を切ると大和田と初めて出会った日の事が脳裏に浮かんだ――
〝 先生っ! 関田正彦先生ですよね。お会い出来て光栄ですっ! 何時も先生の本を拝読しています。先生の本は僕の宝物です。その中でも特に『出雲大社と日本人』は僕のバイブルなんですっ! 嬉しいなぁ、先生から調査の依頼が来るなんて夢の様です………… ″
「あの屈託の無い、好青年の大和田君が……連絡をしないなんて有り得ない……岸田君も理由をハッキリとは言わなかった……ふーむ。さては、何か隠しているな……」
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「はぁ、今日も参拝客が多かったわね」
「三が日でぇ、ピークは過ぎたと油断するとぉ、痛い目に合うんですよぉ。気を引き締めないとぉ、ダメなんですよぉ」
「まぁ、松の内はなんだかんだと忙しいって事ですよねぇ。ふぅ」
「めぐみ姐さん、ちょっと……」
「何よ?」
「僕は年末年始のアルバイトでしょう? 今日でお終いですよね?」
「ううん。これからもずっと此処で働くのよ」
「え? 本当ですかっ!」
「文句ある?」
「文句なんて有りませんよ。感謝感激ですっ! 良かったぁ、和樹兄貴にイビられる毎日から解放されると思うと、清々しい気分ですよっ!」
「そーなん? まぁ、男同士で膝詰めじゃぁ、息も詰まるわよね。良かったじゃない」
「はいっ! いやぁ――っ、労働は尊いですねぇ。いやぁマジで。本気と書いてマジなのです」
「しかし、ピースケちゃんも随分変わったわね『オレはよぅ、労働は嫌いなんだよぅ』なんて言ってたクセに。うふふふっ」
日も傾き、めぐみは一日の仕事を終えると帰路に就いた。そして、部屋に戻ると七海が居た――
「ただいま」
「お帰り。めぐみお姉ちゃん、明けおめことヨロっ!」
「おう、ぁけぉめ、こチヨローっ!」
「あ? ネイティブっぽく言った。ギャルかよっ!」
「そぉーでぇーすっ! 巫女ガールどぇ――すっ!」
「ドSの巫女ガール? エロくね? まぁ良いけどさぁ、夕飯作ったお」
「サンキュ」
「駿ちゃんに会ったでしょ?」
「うん。会ったよ。元日にね」
「ズルいなぁ、あっシは会えていないのにぃ!」
「あのね。駿さんも忙しいの」
「そうなん?」
「そうですよ。決まってますよ。ラノベ作家と云えば、薄っぺらい、ペラッペラの人生観の安っしい物語をハナホジしながら書いていると思っているんでしょ?」
「うん。」
「甘いなぁ……フッ、まだまだ子供だねぇ」
「そんなに……大変なん?」
「そりゃぁ、もう、連日徹夜ですよ。締め切りに追われて大変なの。でも、七海ちゃんの前ではぁ、そんな素振りさえ見せずに、優しく微笑んでいるの……」
「ヤっベぇ、あっシは我儘ばかり言って……どうしよう、駿ちゃんに迷惑掛けているのかなぁ?」
「ううん、迷惑なんて掛けてやしないわ。でも、大人の女には『思いやり』が必要なの。七海ちゃんに気を遣わせない様にしているのだから、言葉にしてはダメよ。そっと見守り、寄り添うの。分かった?」
「うん。分かった……」
七海は何時もとは違う表情で、めぐみを見つめた――
「何よ?」
「めぐみお姉ちゃんも、たまには良い事言うなぁ……と思って」
「ま、一応なっ!」
「めぐみお姉ちゃん、ご飯にしよっか?」
「うん。そうしようっ! もう腹減って、死にそうなのよんっ!」
「あんだおっ、何時ものめぐみお姉ちゃんに戻ったじゃんよぉ――っ!」
「うふふふっ」
令和四年、七海も間もなくセブン・ティーン。去年より、ほんの少しだけ大人になっていた――
お読み頂き有難う御座います。
気に入って頂けたなら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援と
ブックマークも頂けると嬉しいです。
次回もお楽しみに。