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昔の話は昔話し。

 吾郎は銭湯を出ると、自分の住むマンションに案内した――


「おうっ、ここだよ。今、鍵開けっからな」


「あのぉ……おじさん、お願いがあります」


「何だい? 何でも遠慮しないで行ってみな。ん?」


「此処に門松を飾って下さい」


「あぁ、良いとも。一夜松なんて関係無ぇやなぁ」


 吾郎は年神様の依り代である門松を玄関に置いた――


「よいしょっと。ちょいと邪魔だけど、どうだい、これで満足かい?」


「はい、これで中に入れます。有難う御座います」


「違うよ‥‥‥そこで『有難う御座いまつ』って云うんだよ。面白いだろ?」


「…………」


「あっ、洒落が分かんねぇんだなぁ……まぁ良いか。さぁ、入ってくれ」


「お邪魔します」


 吾郎が電気を点けて中へ案内すると年男は部屋中を見廻した――


「どうしたい? 何か気に障る物でも有るのかい?」


「いいえ。おじさんは一人暮らしなのに部屋中が綺麗に片付いていて、まるで身辺整理でもしたような感じがしましたので」


 吾郎は図星を突かれて驚いた――


「おっ、おい、お前さん、とんでもない事を言うねぇ……冷や汗が出て来るぜ」


 吾郎は暖房器具を整理していたので、二人でコタツに入ることにした――


「さぁ、こっち来て入んなよ。今、お茶でも淹れるから待ってな」


「はい、有難う御座います。おじさん、今年も残り数時間ですね。今年の立春は二月三日の計算予測で、前日の二月二日が節分。節分が二月二日になるのは千八百九十七年、二月二日以来、百二十四年ぶりだったんですよ」


「ほぉ、青年。良く知ってるなぁ‥‥‥まぁ、オレも百姓家の倅だから、言われなくても二十四節季、暦は知っているよ。それがどうかしたのかい?」


 年男はキッチンでお茶を淹れている吾郎の背中に言った――


「おじさん、生きていれば嫌な事も沢山有りますよね」


「……あぁ」


「でも、良い事も沢山有りますよね」


「まぁ、そう思わなきゃ、やってらん無ぇからな」


「僕は、きっと……何時の日か、良い事が有ると、信じているんです」


「信ずる者は救われるってか? そう思って生きて行くしか無ぇもんなぁ……」


「おじさん。もし、突然、事故で死んだら……って考えた事は有りますか?」


「……うん。有るよ、人の命は儚いものだからな。あばよと言ったきり……」


 吾郎は突然、胸が苦しくなって声が出なくなった――


「おじさん。もし、突然、億万長者になったら……って考えた事は有りますか?」


「……おう、有るよ。でも、それが原因でギャンブルに嵌まって、今は一文無しって訳だ。可笑しいだろ?」


「あはははは、あーっはっはっはっはっ!」


「おいおい、そこは笑うのかよぉ……まぁ、良いや。あれ? せっかくお湯が沸いたのに、お茶っ葉を切らしていた事を忘れていたぜ、直ぐそこのコンビニ行って買って来るから。ちょっと待っていてくれ」


吾郎は、何気なく振り返って年男の顔を見ると、これ迄とは違う真剣な表情と、その鋭い眼光に目を合わせる事が出来なかった――




「さぁて、お茶っ葉は安いので良いかな。そうだ、ついでに青年の朝飯も買って行くか……『青年に 図星を突かれて 立往生』ってか? 人生最後の晩が大晦日……除夜の鐘がお迎えの鐘に聞こえるぜ」


 買い物を済ませてコンビニを出て、元来た道を歩き始めると異変に気付いた――


「やけに暗いなぁ……いや、真っ暗だよ。街灯が消えているぜ……」


 〝 ジィ――――――ッ、パチパチッ! ″


「あ。点いた……」


 街灯が点くと、そこには、他界した父親の姿が有った。吾郎は思わず声を上げた――


「……父さんっ!」


 父親はにっこり笑うと、踵を返して歩き出し、暗闇の中へすうっと消えて行きそうになった――


「待ってっ! 迎えに来てくれたんだろ? 行かないでっ!」


 吾郎が慌てて追いかけて、角を曲がると、来た時と同じ様に街灯がキラキラと輝き、通りは大晦日の人出で溢れていた――


「いったい今のは、何だったんだ? 人間死ぬ直前には幻覚でも見るのか……おっと、早く戻らないと青年が心配するといけねぇな」



 マンションに戻り、階段を上るとドアの前に父親が立って居た――


「……父さんっ! やっぱり、幻なんかじゃなかったんだね。直ぐにそっちに行きますから、待っていて下さい」


 父親が振り向いて吾郎の顔を見てにっこりと笑った――


「吾郎、よく聞け『もう、ダメだ。もう、お終いだ……』そう思っているんだろう? でもなぁ、吾郎。そう思った時、そこから本当の人生が始まるんだよ……」


「……父さんっ!」



 〝 ガチャッ ″


「おじさん、どうかしましたか?」 


「幻か……」


「帰りが遅いから心配しましたよ」


「おっとっと、青年。待たせたか? そりゃぁ悪かった。沸かしたお湯が冷めちまったな、すまねえ」


 吾郎は部屋に入ると、お茶を淹れて差し出し、のんびりとふたりで年を越すつもりだった。そして、年男に寝室のベッドで寝るように言い、自分はリビングのソファーで寝ることにした――


「じゃぁ、電気消すぜ。おやすみ」


「おじさん」


「何だい? ション便か? トイレなら……」


「どんなに嫌な事が有っても、どんなに辛い事が有っても、それは通り過ぎた過去でしか有りません」


「なっ、何だよ、藪から棒に……」


「取り返す事は出来ないし、又、その必要も有りません」


「‥‥‥あぁ」


「全ては通り過ぎた過去……昔の話ですよ」


「……あ、あぁ」


「昔の話は‥‥‥皆、昔話しです」


「そうだな……」


「おやすみなさい」



 〝 チュン、チュン。チュチュチュン、チュン。 チュン、チュン、チュチュチュン ″



「ふわぁぁあ、もう朝かよ。新年、明けましてお目出度く無いってか? さてと、青年の朝食を準備するか」


 〝 コン、コン、コンッ! ″


「おはよう。青年、朝だぜ。まだ寝てんのかい? おーい、もう朝だよ。昨日、コンビニで朝飯買っておいたんだ。サンドイッチとカップ麺と菓子パンとおにぎり。どれでも好きなの食べて良いから……おい、返事くらいしろよ」


 ノックしても返事が無く、ふと周囲を見回すと、松飾りを買った籠が無く、玄関には年男の靴も無かった――


「まさか泥棒か?」


〝 ガチャッ ″


 不審に思って寝室に入ると、年男の姿も部屋が荒らされた形跡も無かった――


 只、サイドテーブルの上に書置きが残してあった――





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