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僕の名前は御神年男です。

 吾郎は青年が居ては自殺も出来ず、仕方なく土手を登り、街灯の有る方へ青年を連れて行った――


「おいっ! 青年。お前さんの売りたい物ってぇのは、これかよ?」


「はいっ!」


「『はい』なんて綺麗なお返事している場合かよっ! これは、お正月の松飾りじゃねぇか。今日は大晦日だぞ? 分かってんのか?」


「でも……どうしても買って欲しいんです……」


「あのな、門松は、十二月十三日から二十八日の間か、三十日に飾ると決まっているんだよ、二十九日は『苦』に通じる、三十一日は『一夜飾り』といって不吉を嫌って、その日には飾らない事になってるんだ。お前さん、そんなことも知らないで……」


 吾郎は青年の顔色が変わるのを見て、口を衝いて出た言葉を後悔した――


「あぁ……青年。お前さん、あれか? 因業婆いんごうばばあに、この正月の松飾りを持たされて『全部売り切るまで家に帰っ,て来るな』と言われたな? 図星だろ? 知らねえ分けが無ぇもんなぁ……分かるよ」


「いいえ。僕には帰る家など……有りませんから」


「うっ……おっと、悪い事を聞いちまったなぁ……すまねぇ、気を悪くするなよ」


「はい。大丈夫です」


「よぉ――しっ、分かった! おじさんが買ってあげるよ」


「有難う御座います。どれでも、お好きな物を選んで下さい」


 吾郎は、どうせこの世を去る身、お金など持っていても意味が無いのだから、この青年の助けになるのならばと奮発した――


「お好きな物じゃなくってよ、その籠の中の物をおじさんが全部、買ってあげるよ」


「本当ですか? 嬉しいなぁ……」


 青年は目に一杯涙を溜めて、いまにも零れ落ちそうだった。不景気な世の中で重い十字架を背負って生きているのにも拘らず、優しい表情で微笑みを絶やさないその姿に、吾郎は心を打たれていた――


「何なら籠ごと買うよ。持って帰るのが大変だからよ。おうっ。幾らだい?」


「えっと、松に、注連縄、門松に……それから……玄関リースに、台所の……」


「おい、おい。ずいぶん入ってんなぁ……その籠に……そんなに?」


「お買い上げ有難うございます。全部で二十五万六千円です」


「に、二十五万六千円!」


「はい。縁起物ですから」


「ちょっと待ってくれ……あぁぁ、ごめん、おじさん六万円しか持ってないんだ……」


「じゃあ、三万円で」


「あっ、えっ? 御負けしてくれるの? 優しいねぇ、下げたねぇ一気に。良いの? 有難う。それならコレで」


「良かった。おじさんなら、きっと買ってくれると思っていたのです」


 吾郎は代金を青年に渡す時、差し出されたその手に触れて驚いた。松脂マツヤニで真っ黒く荒れ放題、マメだらけでタコになっているその手を見て、自分と同じ百姓家の子供だと確信した――


「そうかい。なぁ青年……お前さん、帰る家が無いんならオレのマンションに泊まって行くか? なぁに、遠慮は要らないぜ。そうだ、腹減ってんだろ? 値下げして貰ったお陰で、まだ銭が有るから飯でも食うか? 銭湯でも行くかい? どうだい?」


「はいっ!」


 吾郎は青年と共にファミリーレストランに行き、好きな物を注文させてドリンクバーとデザートも食べさてあげた。そして、男同士は裸の付き合いと銭湯に連れて行った――


「はぁい、今晩はぁ……って、おい、滅茶苦茶混んでんなぁ……」


「もう、今日は大晦日なんだから混んでいるに決まっているでしょっ!」


「おいおい、みっちゃん。おっかねぇなぁ……八つ当たりすんなって」


「あら、吾郎ちゃん。いらっしゃい。娘は今朝からずっと立ちっぱなし、働きっぱなしだから、気が立っているのよ。勘弁してやって」


「何時もは閑古鳥が鳴いているって云うのに、今日だけは一年の汚れを清めるお客で一杯なのっ! やんなっちゃうわっ!」


「『一年の 穢れを落として 爪楊枝』ってぇ分けだなぁ」


「ぷっ、はぁ、あっはっはっは。吾郎ちゃん止めてよ、吹いちゃったじゃないの。爪楊枝だって、あはははは」


「爪楊枝って何よ?」


「みっちゃん、穢れを落としたら殆ど無くなっちまうって事だよ」


「全然、面白くないっ!」


 みっちゃんは憎まれ口を聞いていたが、目の前を肥え太った大きな背中のゾウさんの様なお客が通り過ぎる瞬間、年頃なのか自然と股間に目が行った。すると、爪楊枝の様なイチモツに笑が込み上げて吹き出した――


「あはは、あーっはっはっは、くう――っ、ウケるぅ――――っ! 穢れ落ち切ってるぅ――っ!」


「女将さん、今日は連れが居るんだ、二人分ね」


「はいよ。ゆっくりして行ってね」



 かけ湯をして湯船に浸かり、直ぐに洗い場でお互いの背中を流すと、再び湯船に浸かった――


「ふぅ――――っ! 生き返るねぇ」


「はい。とっても気持ちが良いです」


「あっ、そう云えば、まだ名前を聞いてなかったな。お前さん、名前はなんてぇんだ?」


「僕の名前は、御神年男みかみとしおと申します」


「申しますなんて固ぇなぁ。家族は? 兄弟は居るのかい?」


「はい。父と母、それと姉が居ます」


「そうかい。両親も御健在でお姉さんが居る四人家族か?」


「はい」


「おいっ! 何だよ、それだったら帰る家が有るんじゃねぇか。夜遊びはいけねぇよ。家族が心配するぜ」


「いいえ。心配する家族なんて……いませんから」


 吾郎は湯船に浸かりながら湯冷めをした気分になった――


「悪い事を聞いちまったかな。勘弁な」


「いえ。気にしていませんから」


「そうかい、訳ありなんだな。まぁ、男同士、胸襟開いて話でもするか。なぁ、家族が居て帰る家が無いとか、心配する家族は居ないとか、穏やかじゃないぜ。お前さんの家は一体どうなっているんだよ?」


「はい。僕の父は故郷では札付きのワルで……」


「問題を起こして故郷を離れざるを得なくなったと云う事だな?」


「はい。そして、逃げた余所の土地で……大酒飲ました相手を切り刻んで……」


「ブタ箱入りかぁ……キツイなぁ……」


「母は二番目の妻で、姉とは苗字が違うのです……」


「あんだって? ろくでなしの父ちゃんは刑務所。お母ちゃんと血は繋がっている物の……腹違いのお姉ちゃんが居る複雑な家庭環境で育ったと云う事かぁ……お前さん、若いのに苦労してんだなぁ……」


 吾郎は苦労を顔にも出さず、物静かで優しく微笑む青年の事を愛おしく思っていた――




 

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