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大年(大晦日)の客。

 めぐみはイザと云う時に案外、男は役に立たないと諦めた――


「もう、良いわよ。結局、珠美の怒りは収める事が出来ない。年神様が来る迄は何も動かないわ。じゃあね。お気の毒様っ!」


 めぐみは素戔嗚尊スサノオノミコトと話をすればするほど、怒りが湧いて来て、ほんの少しだが珠美の気持ちを理解し始めていた――



 もう一人の流離さすらい人、ギャンブラーの山田吾郎は絶望していた――


「あぁぁ―――――っ! ホープフル・ステークスは全敗、第三十七回多摩川カップはチンして撃沈っ! 全てを失ったこのオレに残ったのは命だけか……しかし、もうお終いだ……お金を貸してくれた優しい典子さんに合わせる顔が無い。その上、実家も破産だ……オレは無能だぁ! 人間のクズだぁ。ギャンブルにのめり込んだ親不孝者だぁっ!」



 吾郎は年の瀬の慌ただしい夜の街をあてどなく流離さすらった――


「そうだ、あのビルから飛び降りれば……それで終わる。そうしようっ!」


 残念ながら、セキュリティが厳重で屋上はおろかエレベーターに乗ることさえ出来なかった――


「何だよ、気取りやがって! チキショー、丁度良い手頃なビルを探さなけりゃなぁ……」


 吾郎は周辺のビルを見廻した――


「うーん、アレじゃあ途中で引っ掛かるし、アレじゃあ低くて命拾いしてしまいそうだなぁ……ドスンと落ちる。すると、格好の良い東京消防庁の隊員かなんかが来て必死で蘇生をする。万が一助かったらどうするよ……半身不随、植物人間なんかになっら余計に家族に迷惑を掛けてしまうぜ。オフィスビルは入館証かIDカードが必要だし……やってられねぇんだよなぁ。しょうがない、一晩じっくり考えて、作戦を練り直して出直すとするかぁ……」




―― 十二月三十日 先勝 壬子


 喜多美神社は神聖な空気と慌ただしい空気に包まれていた――


「あーぁ、忙しい。ピースケさんのお陰で去年よりはマシだけど、ピリつくのよねぇ」


「ピリつくのはぁ、典子さんのぉ、心と身体の問題なんですよぉ。周囲の者までぇ、イライラさせないで下さいよぉ。ねぇ、ピースケ君っ!」


「また、ひとりだけ良い子ぶって、何よっ!」


「典子さん。紗耶香さんの言う通り、少し落ち着いて下さいよ」


「めぐみさん迄、そっちの肩持つのね」


「めぐみさん、典子さんはぁ、この一年のイライラをぉ、大祓で清めるんですよぉ」


「そう云う事か。なるほどね」


「皆さん、復習ですっ! 大祓詞奏上おおはらえのことばそうじょうの作法よっ! 真心を込めて行くわよっ!」


一、 二度深く拝礼します

二、 大祓詞おおはらえのことば奏上そうじょうします

三、 二度深く拝礼します

四、 二度拍手をします

五、 一度深く拝礼します


「典子さん、もおぉ、やり過ぎてぇ、飽きてしまいましたよぉ。ピースケ君もぉ、何か言ってよぉ」


「あぁ、そのですね‥‥‥皆さんは汚れていませんから、その時になれば自然と厳かな心持になりますから、大丈夫ですよ」


「汚れて無いってぇ、私? 私の事? もぉ、ピースケ君たらぁ、きゃわぁぅいぅいっ!」




―― 十二月三十一日 友引 癸丑


 喜多美神社は神聖な空気と厳かな雰囲気に包まれていた――


高天たかまはらに 神留かむづまります

すめらむつ 神漏岐かむろぎ神漏美かむろみ命以みこともちて

八百万やほよろづ神等かみたちを 神集かむつどへにつどたま

神議かむはかりにはかたまひて

が 皇御孫すめみまみことは 豊葦原とよあしはら瑞穂みづほの国を

安国やすくにと たひらけく ろし召せと 言依ことよさしまつりき――――――――――


――――――くにそこくに息吹いぶはなちてむ。

息吹いぶはなちてば くにそこくにす 速流離姫はやさすらひめといふかみ

流離さすらうしなひてむ。

流離さすらうしなひてば つみといふつみはあらじと

はらたまきよたまふことを あまかみくにかみ

八百万やほよろづかみたち ともこしせとまをす―――。



「祓ったわね」


「祓いましたよぉ。今年の穢れは今年の内にぃ、完全リセット。ミッションコンプリ―トなんですよぉ」


「これで、心清らかに清々しい気持ちで新しい年を迎えられますね。うふふっ」


「ふーむ、昨日も言いましたが、皆さんは穢れてなどいませんけど。皮肉なものですね……本当に穢れている人間達は意にも介さず、穢れ無き善良な人々が汚れていると自分を責める……」


「ピースケちゃん、チミも神様らしくなって来たねっ」


「めぐみ姐さん、冷やかさないで下さいよぉ」


「あれ? 紗耶香さんみたいな口調でぇ、熱い熱い、ヒューヒュー」



 紀元二千六百八十一年の大祓は恙無く執り行われ、無事に終了した――




「はぁ、もう、止めた止めた、ビルは止め。かと言って電車に飛び込むのも通勤客に迷惑が掛かるし、家族に損害賠償なんかされた日にゃぁ目も当てらん無いよっ! 仕方が無ぇから、多摩川に入水自殺とするか……」


 吾郎は「狛江水辺の楽校」の前に立っていた――


「オタマ池にヤンマ池かぁ、子供の頃、田んぼで遊んだっけなぁ……水辺の学校はぁ、川の中ぁと来たもんだ、そっと覗いて見てご覧。ってか」


 吾郎はめだかの学校の替え歌を歌いながら川を覗くと水面に父親の姿が映っていた――


「父さんっ! 迎えに来てくれたんだね……今、そっちに行くからね……」


 靴と靴下を脱ぐと、そおっと川の中に足を入れた――


「ヒッ、ひゃあぁ―――――――こいっ! 冷た冷た冷た冷た冷た冷たぁ――――――いっ! 死ぬかと思ったぜ。って死ぬのかオレ……」


 吾郎は生涯に一度も感じた事の無い冷たさに驚愕していた――


「しっかし、痛いわ痺れるわ、まるで、感電したみたいだぜ……おっと、靴を脱いだままでは自殺だ。靴を履き直して事故に見せかけなくてはな……」


 吾郎が覚悟して靴下を履いていると、後ろから一人の青年が声を掛けた――


「あの。今晩は」


「うっわぁっ! 脅かすなよ、ビックリしたなぁ……」


 青年は吾郎に微笑んだ――


「おい、青年。お前さん、こんな薄暗い河原で何やってんだよ」


「おじさんは、何をしているの?」


 吾郎は心臓が止まりそうになった――


「な、何って……そのぉ……ちょっと待て、おいっ! 質問返しなんて洒落たマネするじゃねぇか? こっちの質問に答えるのが先。このオレに何の用だ?」


「ごめんなさい。あのね、僕ね……これを買って欲しいんだ……」


 

 青年は背中に籠を背負っていたが、日も落ちてとっぷりと暮れた河原では、暗くて何が入っているのか見えなかった――






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