ボレロが最適と存じます。
お嬢様の育ちの麗華には、彼奴、此奴、オマエと呼び合うのは少女漫画や小説、TVドラマに於いて、最終的に結ばれる者同士であり、心が通じている者同士だと思い込んでいた――
「隣のキャバ嬢だろ? 引っ越してくるなり『店に来てくれ』って、しつこくてさぁ。アイツはさぁ、ちょっと訳ありなんだよなぁ」
「訳ありって?」
「元々は確か、赤坂……六本木かなぁ、ナンバー・ワン・キャバ嬢でブイブイ言わせていたらしいんだ」
「ブイブイ?」
「愛人掛け持ちでコレもんで」
「コレもん?」
「パパにワンちゃん買って貰って買取で戻したりさぁ」
「戻す?」
「パパが四人。三十八万のトイプードルを全員に買って貰うと家には四頭のトイプーが居る筈だろ? ところが一頭しか居ない」
「つまり?」
「『パパぁ、わんこ買ってぇ』とおねだりして買って貰い、バックマージンを渡してペットショップに戻す、それを又次の日に買うって訳さ。だから家にはモカちゃんとかショコラとか云う名のトイプーが一頭居るだけなんだ」
「まぁ、上手なやり方ね。でも、貴金属にしても、そんな事をするズルい女は幾らでもいるわ」
「ところがパパさんだけでは済まないのが女。年収が三千万を超え、タワマンに住んで高級外車に乗る御身分。クラブで遊んでいると直ぐに男に声を掛けられる。惚れた男が筋モンだか半グレだか、全財産巻き上げれて借金を背負わされて、抗議するとボコボコに顔を殴られてお岩さん。店にも出れなくなって、とうとう風俗かAVに売り飛ばされそうになって、脱走したらしいんだけど直ぐに見つかって連れ戻されたらしいんだ」
「まぁ。お気の毒……」
「それで着の身着のまま、このボロアパートに転がり込んだって分けさ」
「そうね。こんなボロアパートなら隠れ蓑には最高かもしれないわね」
「ごめんよ……」
「何が?」
「隠れ蓑には最高なボロアパートにしか住めなくって……」
「謝らないでよ。耕ちゃん、謝るのは私の方よ。デリカシーの無い事を言ってごめんなさい」
「優しいんだね。麗華」
「耕ちゃんのお陰で新しい人生を生きているの。感謝しているわ」
「照れるなぁ」
「ねぇ、そう言えば、その柿木杏さん……じゃなくて、竹中文乃さんが言っていたのだけど、このアパートは合体すると揺れるとか、壁が薄いからモロ聞こえだとか……隣の受験生を喜ばすだけだとか……ラブホイッタホーが良いよとか……ネイティブな発音なのかしら? 何だか意味が解らなくって。耕ちゃん、合体ってなぁに?」
「あちゃ――――ぁ、クッソ恥ずかしいぜぇ。参ったなぁ……」
「恥ずかしい? 恥ずべき事など何も無いでしょう? 合体は恥ずかしいの? ラブホイッタホーってどんな物なの?」
「あぁ……つまり、合体はSEX。
「まぁ、SEX! 全部筒抜けなのね……」
「ラブホイッタホーじゃなくて、ラブ・ホテルに行った方が良いよって事……」
「ネイティブな発音なので、分からなかったわ……」
麗華はこのアパートに来てから、毎晩、熱く激しく康平を求める自分の事を思い返していた。揺れは震度で言えば3から4。声は80デシベル以内だと行為の最中を脳内で再生して赤面してしまった――
「それでは、これからは毎晩ラブ・ホテルね……」
「よっ、よせやい、毎晩ラブホなんかに行っていたら、破産しちまうよっ!」
「そうなの? じゃあ、今夜からどうするの? ラブホとやらに行ってみたい気はするけれど……」
「ラブホなんかに連れて行った日にゃあ、旦那様に顔向け出来ないよっ!」
「だって……」
「ダメ、ゼッタイ。」
年明けの二千二十二年、令和四年、一月十五・十六日に大学入学共通テストに挑むお隣りの受験性は焦っていた――
「あぁ、既に二浪の身。こんな僕に、お父さんが勉強に集中するために用意してくれたアパートなのに、勉強が手につかなくなってしまいました。お隣に超絶美人の奥さんが引っ越してきたと思ったら、毎晩、あんなにも激しいなんて……こんな街のボロアパートには似つかわしくないノーブルな雰囲気で透明感があって……あぁ、大工さんになればあんな綺麗な人と結婚出来るのかなぁ……僕も大工になりたいなぁ……違う、違うっ! 法学部に入って弁護士にならなくてはいけないのですっ! 親の期待を裏切る事は出来ません。何より、お父さんとお母さんの愛情に応えなくてはいけない僕なのですっ!」
受験生は、気を紛らわそうとラジオのスイッチを押した――
〝 はぁ―――い、今夜も沢山のメールとおハガキ、応援メッセージを有難う御座いましたぁ―――――っ! ″
〝 私達も年末のカウント・ダウン・コンサートとぉ、年明けのニューイヤー・アイドル・フェスの準備に大忙しで目が回ってまぁ――すっ ″
〝 でもさ、受験生の皆さんもぉ、いよいよ追い込み、総仕上げですよねぇ ″
〝 そうだよねぇ。じゃあ、みんなでエールを送ろっか? ″
〝 せーのっ!頑張って下さいねぇ――――――っ! ″
〝 お相手はぁ、ちぇりー・factory、佐土原凛と ″
〝 藤花葵と ″
〝 錦織優奈でしたぁ――――っ! ″
〝 良いお年をぉ――――――っ! バイバイっ! ″
〝 この番組は日露製粉の提供でお送りしました。間もなく時刻は八時です ″
〝 ピッ、ピッ、ピッ、ポ――――――ンッ! ″
「うわぁっ! 時報と同時に僕の息子がパブロフの犬の様になってます、お隣の旦那さんは朝が早いので合戦の開始時間が早いのでした」
しかし、お隣りは何時もと違い、静まり返っていた――
「おやおや? 今日はお休みですか? 何時もなら、奥さんの甘い吐息と旦那さんの気合の入った声が聞こえる筈なのに……うわぁっ! 気が付いたらズボンを下ろしている僕なのでした……」
〝 しぃ――――――――ん。″
「おかしいです。怪しいです。こんな筈は有りません。生活音すら聞こえないなんて、有り得ません。ゼッタイにヤッているのです」
受験生は押入れを開けると布団を下ろして中に入り、壁に耳を押し付けた――
「おやおや、何やら聞こえて来ます。ん? これは……モーリス・ラヴェルのボレロです。このリズムに合わせてSEXをするなんて、お洒落でエロティックです、やはりノーブルな奥さんは一味違うのでした」
麗華はラブホを我慢したが、SEXは我慢が出来無いので、声を出すのを我慢する事にした。そして、震度3から4の振動と、万が一、80デシベルの声を出してしまっても誤魔化せるようにボレロを選曲していた――
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