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トラックネーチャンは食物神。

 その女が吸い込まれる様に本殿に向かって行った事にめぐみ達は驚いた――


「何だか……足が無いみたいに見えましたよね?」


「気のせいよ、足は有ったわよ。でも、動きが目に見えなかった感じよね」


「すぅ――っと、消えていくようなぁ、エスカレーターにぃ、乗っているみたいでしたよぉ」


「あの人は多分……」


「ピースケちゃん、心当たりがあるの?」


 ピースケはめぐみに耳打ちした――


「あの、いやぁ、めぐみ姐さん。あの人、僕たちと同じ業界の人だと思いますよ」


「えっ! マジで?」



 暫くすると、麗華と瞳がやって来て、静かに参拝を済ませると、めぐみの居る授与所に立ち寄った――


「こんにちは。めぐみさん、お陰様で全てが上手く行っています。この御守りのお陰かしら? うふふっ」


「麗華さん、こんにちは。駆け落ちだなんて情熱的ですねぇ。瞳さんも、お元気そうで何よりです」


「めぐみさん、必ずしも上手く行っているとは言えねぇだよ。一歩間違えば心中だぁよ」


「えっ! 心中だなんて穏やかではありませんね」


「めぐみさん、御心配無用。たった一週間で食い詰めただのと……瞳さんは大袈裟なんです」


「おらは、お嬢様の事が自分の事より心配だぁよ」


「あー、分かった。瞳さんはお嬢様ロスなんですね。ふふふっ」


「笑い事じゃねぇだよ。あの男の稼ぎじゃあ、お嬢様が満足できる分けが無ぇ。今日だって万引き犯に間違えられただよ」


「えぇっ! それは、大変ですよ、どうしてそんな事に?」


「実は……質素倹約のためにスーパーに出向いたら……そこで売られていた物が、あまりにも酷いので、カゴに入れた物を元に戻して出たのです。そうしたら……」


 話を聞いていた典子と紗耶香が呆れて口を開いた――


「あら、やだ。それは間違えられますよ」


「時期的にもぉ、年末ですからぁ、変な人がぁ、湧いて出るんですよぉ」


「はい、皆さんの仰る通りです。私も反省しております。御存じの通り、主人は棟梁に扱き使われる薄給の身です、安さに惑わされたのがいけなかったのです」


「理想と現実のギャップですかぁ……」


「分かるわぁ。外食にしたって、気が付けば何を食べさせられているのか分かったものじゃないしねぇ」


「加工食品やぁ、冷凍食ばかり食べているとぉ、早死になんですよぉ」


 全員が心の中で『そんな事を言っていたら何も食べられないよなぁ……』と思って、暗い気持ちになり下を向きかけたその時、麗華と瞳の背後から日の出の如くぬーぅっと頭が出て来た――


「かぁんにちは―――ぁ、どーもでぇーすっ! 失礼ながら、お話を聞かせて頂きましたぁー」

 

 お多福顔のその女は、そこに居る全員に名刺を配った――


「どーもー、どーもー、どーもー、どーもー、どーもー、どーもー」



 〝 大日本帝国 農業連合 代表 関東大和会 相談役 鵜飼野珠美うかのたまみ




 典子と紗耶香ヒソヒソ話が始まった――


「典子さん、大日本帝国ってぇ、付ける必要があるんですか? バックは右翼系ですかぁ? だから、ああ云う良い人タイプって怖いんですよぉ、地獄への道は善意で舗装されているってぇ、言うじゃないですかぁ」


「馬鹿ねぇ、紗耶香さん。昔からあぼへぼを作っていた人よ。当社神苑の吉方に自生している接骨木にわとこで作り、梅枝にさして言寿・子孫繁栄・商売繁盛・五穀豊穣・進学成就を神々に祈願したの。今はもう此処で奉製はしていないけど」


「あぼへぼってぇ、喜多見、大蔵、祖師谷あたりに伝わる豊作祈願として、年の初めに神棚・玄関などに飾り付けてぇ『豊介久ゆたけく牟久佐加むくさか』にと祝うアレですかぁ」


「そうよ。安心しなさい、怪しい人ではないわよ」


 その横でめぐみとピースケのヒソヒソ話が始まった――


鵜飼野珠美うかのたまみって、宇迦之御魂神ウカノミタマノカミって事? 安直な名前ねぇ……」


「めぐみ姐さん『古事記』ではスサノオ尊とオオイチヒメ命の子とされていますが、どういう神かとまでは記されていないのです」


「はぁ、素戔嗚尊スサノオノミコトの娘かぁ、どおりで態度がデカいと思った。八百万の神の中で最も有名な食物神のクセに……」


「Most famous food deity of the eight million gods. お稲荷さんと広く全国に知られながら、謎多き神なのです」


「あ、なに横文字で気取ってんの、恋多き神の私が何も無いと云うのに……」


 名刺を受け取った麗華が珠美に話しかけた――


「あの、お尋ねしますが、農業連合と有りますが何か……農産物の販売をなさってらっしゃるのですか?」


「はぁーい、そうなんでぇ――すっ。練馬、所沢、国分寺、武蔵村山の農作物の販売をしておりまぁ――すっ」


「それはスーパー等で売っているものとは違う、有機野菜でしょうか?」


「はぁ―――いっ、もちろんでぇ――すっ!」


「まぁ、何て事でしょう。瞳さん、やはり、この神社に来た甲斐が有りました」


「うんにゃ、糠喜びをするでねぇだ」


「でも、そのお野菜は……お高いのでしょう?」


「高いか安いかは、その人次第でぇ――――すっ!」


 

 珠美のその言葉に全員がマクロビや有機野菜のブロガーを思い浮かべ「あー、やっぱり、綺麗事で生きていけるリッチなセレブ御用達かあ」と失望し落胆した。無農薬有機野菜、無添加……『そんな綺麗事を言っていたら何も食べられないよなぁ』と心の中で呟いた時だった。何処からともなくポーンと鼓の音が響き渡り、次の瞬間、先程までのにっこにっこのお多福顔が打って変わって能面の小面こおもての様になり、ドスの効いた太く低い声で言った――


「だったら、食わなきゃいいだろうがぁ。おぁ」


 辺りは真空状態になった―― 






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