出す物出さず、出る所に出る。
麗華はスーパーの脇から裏の事務所に案内されるとパイプ椅子に座らされた――
「おい、お茶を用意しろ」
「先輩、万引き犯にお茶を出すなんて有り得ませんよ」
「この山はデカい。刑事の感だ。取り調べでカツ丼を出すのと同じだ」
「はい、分かりました。でも、刑事じゃ無いのに……」
万引きGメンは麗華にお茶を差し出した――
「さぁ、カバンの中の物を出して貰おうか。どうしてこんな事をしたんだい。お嬢さん、お名前は? ご住所は?」
「初めまして、丸山麗華と申します。お言葉ですが、カバンの中は見せられません。以上」
「はぁ? 偉そうに『以上』じゃないんですよ。そのカバンの中に清算を済ませていない商品が入っていますね? さぁ、出して貰いましょう」
「私が万引き犯だと云うのなら証拠を示すのが先です。さぁ、私が万引きした証拠が有るのら、それを出して下さいな」
「フッ。まぁ、良いでしょう」
「先輩、カバンの中に証拠の品が入っているクセに、証拠を出せなんて、盗人猛々しいとはこの事ですよ。綺麗な顔をしてよく言えたものですよね」
「お嬢さんも往生際が悪いねぇ……住所氏名、照会すれば直ぐに分かるんですよっ!」
「どうぞご勝手に。さぁ、この私が万引きをした証拠が何処にあるのですか? 証拠とやらを出して頂けないのなら、帰ります」
「そうはいかないんですよ。そのカバンの中に『栗きんとん』が入っていますね」
「いいえ」
「なら、カバンの中身を見せて貰えますか」
「お断りします」
「人は見掛けによらないって云うけど、ふてぶてしい女だなぁ……先輩、サッサと警察を呼んだ方が良いですよっ!」
「どうぞ、お呼びになって下さいな。こう云う事はハッキリさせなくてはなりません」
暫く睨み合いを続けていると、管轄の警察のパトカーが到着した――
「はい、こんにちは。状況を説明して貰えますか」
「この人が万引きをして、カバンの中に入っている物を出しなさいと言ったら、先に証拠を出せと言われまして……」
「防犯カメラには映っていますか?」
「はい」
「あぁ……これは言い逃れ出来ないなぁ。お嬢さん、カバンの中を見せて貰えますか? 確認したい事が有りますので」
「お断りします」
「ほらっ! お巡りさん、これなんですよ。何とかして下さい」
「お嬢さん。あなた、状況が分かっていますか? 万引きの容疑者なんですよ」
「それなら言わせて頂きますが、私はプライバシー権を主張しているだけです」
「プライバシー権?」
「はい。プライバシー権とは、個人の姿や情報など、私生活上の事柄を守るための権利です。日本国憲法第十三条の解釈により、保障される基本的人権の一内容であるとされていますが、明文化はされておらず、憲法解釈や判例により確立されてきた権利になります。
『第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
1)私生活上の事実、または事実と受け取られる可能性のある事柄であること
2)1の事実が、一般的な感覚を基準として考えると、公開をしてほしくないであろうと認められる事柄であること
3)1の事実が一般の人にまだ知られていない事柄であること(非公開であること)』以上」
「偉そうに何だっ、ま、万引きは公共の福祉に著しく反して居るだろうがぁ! あぁっ!」
「そうですよ、先輩の言う通りですよ。お巡りさん、早く逮捕して下さいっ!」
「まぁまぁ、落ち着いて。しかしねぇ、お嬢さん。権利を主張するのも結構ですが、このままでは帰れませんよ。良いんですか?」
すると、そこへ身元確認の照会をしていた巡査がやって来て、耳打ちした――
「何ぃ? 婚姻届けを出して住民票を移動したが……旧姓、尾原麗華。尾原財閥、尾原祥介の長女だぁ…………不味いなぁ、防犯カメラの映像をもう一度、確認してみよう」
防犯カメラの映像を再度確認すると、栗きんとんの上に黒豆を重ねたまま黒豆の場所に戻したため、栗きんとんを戻していない様に見えただけだった――
「警備員さん、年末で変な人が出没するし、忙しいのも理解出来ますがねぇ。みだりに他人を犯罪者扱いして人騒がせはいけませんねぇ。気を付けて下さいっ!」
「はい……」
「それでは私たちはこれで。お嬢様、御父上にくれぐれもよろしくお伝えくださいませ。失礼します」
警察官はそそくさと引き揚げて行き、事務所は万引きGメンと麗華だけになった――
「あ、あのぉ……」
「上の者を」
「う、上の者‥…ですね。畏まりました、少々お待ち下さい」
〝 本日も世田谷店にお越し頂き、誠にありがとうございまぁーす。ゆっくりとお買い物をお楽しみ下さいませぇー。業務連絡、業務連絡『川中様が市内で配達中です』至急、事務所までお願いしまぁーす ″
「何ぃ? 買わない客はしなかったと判明しただと……それじゃあ、店の落ち度じゃないかっ! 万引きGメンは何をやっているんだっ!」
店長は慌てて事務所に行き、事情を聞くと人格が崩壊した――
「オワタぁ――――っ! 苦節三十年、ポンコツ店に辣腕を振るい地域一番店にして来たこの私のキャリアがオワタぁ――――――っ! おまーら、分かってるのか? 尾原財閥と云う事はぁ、ウチの会社の更に上の上の商社の親会社、天上界だぞっ! 私の人生オワタぁ――――っ! ゲ――ム、セェ――――――ットっ!」
「えぇっ! せ、先輩、どうしましょう……」
「詰んだな…………」
店長は静かに微笑みを湛える麗華に謝罪した――
「この度は、大変ご迷惑をお掛けして、何と言って謝罪して良い物か……」
「謝罪など必要ありません」
「あ、あの、尾原様。我が社を訴える事だけは、どうかご勘弁を……こちらの万引きGメンを採用したのは私です。悪いのは全て私です。私の責任で御座います」
「店長さん。他人に責任転嫁せず、自ら積極的に責任を果たそうとする姿勢と心掛けは大変立派です。あなたが居るからこそ、このスーパーは評判が良いのです」
「ははぁっ、御迷惑を掛けたにも拘らず、お褒め頂き恐悦至極に御座います。御心の広さ、懐の深さに敬服いたします……」
「でもね」
一瞬、緩んだ緊張が麗華の何気ない一言で、絡まり合う糸が解けたと思ったら再び絡まり、余計に固くなった様な重い空気になった――
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