出会いと就活
めぐみは驚いた――
部屋の前に誰かいる! ……恐る恐る玄関に行き、ドア・スコープを覗いて見ると若い女性が立っていた。
「どちら様ですか?」
「今晩は、夜分遅くに申し訳ありません。私はこの部屋の元住人で、大家の娘です」
めぐみはドアを開けて自己紹介をした――
「初めまして。この度、入居しました鯉乃めぐみと申します。どうぞ宜しくお願い致します。大家さんからお話は伺っております」
「初めまして、竹内愛菜未です。こちらこそ宜しくお願いします」
「……何か、御用でしょうか?」
「夜分遅くに押し掛けてごめんなさい、突然、見知らぬ人が来たから驚いたでしょう? 実はこの部屋に忘れ物を取りに来たのです。父が突然、賃貸に出して入居者が決まって、もう住んでいると云うものだから、慌てて来たの」
めぐみは安堵して中へ案内した――
「でも『どうぞ』と言って、元々住んで居た人を案内するなんて、可笑しいですねっ」
「うふふッ、私も自分の部屋に『お邪魔します』と言って入るのは初めてよ」
めぐみは商店街で買った急須や湯飲みが早速、出番になって喜んだ――
「今、お茶を淹れますから、どうぞお座り下さい!」
「ありがとう。忘れ物は机の引き出しの中なのだけど、開けても良いかしら?」
めぐみは、じれったい薬缶の前に立っていた――
「どうぞ。まだ、私の物は何も入っていませんから」
愛菜未は上から二番目の引き出しを開けると、その裏底に隠しておいた机の鍵を取り出して、いちばん上の鍵付きの引き出しを開けた。そして、中から手帳とアクセサリーのケースの様な物を手に取って「じっ」と見つめていた――
すると、じれったい薬缶が満を持して「ピーッ」と大きく合図した。それは、試合開始のホイッスルの様だった――
めぐみはお盆に急須と湯飲み、焼き菓子を乗せてテーブルに運んだ。そして、丁寧にお茶を淹れ終わると「どうぞ」と言って、それを差し出した。
愛菜未はちょっと吹き出して、からかった――
「めぐみさん、これ夫婦湯飲みよ。出す相手は私ではないでしょう? ふふっ」
「商店街で『安くておススメのを下さい』と言ったらこれを勧められて買ったのだけど……間違いだったのかぁ……残念!」
「間違いではないわよ。めぐみさんの旦那様と使えば良いのだから―― 出す相手をちょっと間違えただけよ、うふふ」
「湯飲みのサイズ違いが『気が利いている』と思った、私の馬鹿!」
ふたりの笑い声は夜の空に溶けて行った――
「良い人に住んで貰えて嬉しいわ。本当に良かった、めぐみさん、ありがとう」
「この部屋も、家具も、みんな大切に使わせて頂きます。こちらこそ楽しかったです、ありがとうございました。また忘れ物か何かあったら、気軽に来て下さいね」
愛菜未はゆっくりと階段を下りて行き、めぐみも見送るために一緒に降りた――
お互いに「さようなら、おやすみなさい」と言うと、胸元で小さく手を振って別れると、めぐみは別れの余韻に浸りながらゆっくりと階段を上った――
部屋に戻ると、楽しい時が過ぎた事を冷めたお茶が思い出させた。そして、慌ただしい一日を終えるため、ノート・パソコンを片付けようと思い、画面を開いて神官に送る「日報」の作成を済ませると、収集したデータの「入力完了」をクリックした――
すると、何故か「attention」のマークが点滅して「分析の終わっていないデータが有ります」と表示され、完了が出来なかった――
めぐみはハッと気付いた。「ケータイのアプリが、そのままだった!」そう思って、周りを見回してもケータイが見当たらない。
「愛菜未が来て―― 慌てて……それから……う~ん、何処に置いたのだろう?」
と思い出していると、お尻の辺りに何か感触があった。
小さなソファの背もたれと、座面の隙間に挟まっていた――
「あった!」その隙間に挟まっていたケータイを取り出して、画面を見ると鳥肌が立った。「509Error」とエラー・コードが出ていた。
「マジかっ! 愛菜未さん……ふ~む、そう来たか。これが縁と云う物だな!」
めぐみは愛菜未のデータを入力し「したい組・積極派」の「一途な恋慕系」と分析を終えると「入力完了」をクリックして任務を終えた。そして、お風呂に入って身を清めると、新調した寝具でベッドメイクをして、頭から布団を被って眠りに着いた。
――翌朝、目を覚ますと、めぐみは外出の予定だった。
ジャンプ・スーツにコンバット・ブーツの出で立ちで、肩に掛けたダッフル・バッグの中には巫女装束を携えていて、傍から観たら戦地に赴く兵士の様だった。
階段を駆け下り、通りに出て歩き出すと、コインランドリーの清掃のために大家が来ていた。「おはようございます!」と元気よく挨拶をして先を急いだが、大家が「鯉乃さん!」と呼び止めた――
「はい、何か……御用ですか? それとも、何か問題でも……?」
「いやぁ、呼び止めて済まないね、昨日、うちの娘が訪ねて行ったと思うのだけれど、何か言っていなかったかね?」
「いいえ、何も……」
「そうですか、何も言ってなかったですかぁ……」
大家は残念そうだったが、お互いに顔を見合わせて「ははははっ」と笑った。
めぐみは笑顔から凛とした表情に変わると「先を急ぎますので、これで失礼致します」そう言って目的地に向かった――
歩きながら大家と愛菜未との間に有る蟠りを憂慮していた――




