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盗人に追い銭。

 吾郎は実家を後にすると、府中本町行の電車に飛び乗った。そして、電車の中で今後の事を考えていた――


「うーん、典子さんに本当の事を正直に話して待って貰うか……それとも、更に倍にするからと金を借りてホープフル・ステークス、第三十七回多摩川カップに賭けるか……」



―― 十二月二十七日 仏滅 己酉


 喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――


「ふたり共、いよいよ後四日で大祓です。年越しの大祓……それは圧倒的人出でパニック状態になりかねない初詣を意味しているのですよ。しっかりと神職の者を支えて下さいね」


「はい」


「はいっ!」



 何時もと違う典子の真剣な眼差しに、めぐみも紗耶香も身が引き締まる思いだった――


「紗耶香さん、何だか今日の典子さんは真面目で面白くないですよね」


「めぐみさん。本来、巫女というのはぁ、慎ましくあるべきなんですよぉ、何時もがぁ、ふざけ過ぎなんですよぉ」


「典子さんは場を温めているだけで、仕事は至って真面目ですよ。うふふっ」


「どこが、真面目なんだかぁ」


「そう言えば、朝の挨拶の後、典子さんの姿が見えませんね……」


「さっき、参道の脇からぁ、コソコソあの男が入って来てぇ、ふたりで逢引きですよぉ、しっかりして貰わないとぉ、困りますよぉ」


「えっ! 気が付きませんでしたよ。吾郎さんにお礼を言いたかったなぁ……」


「典子さんのカードで支払いをしたからぁ、お礼を言うのもぉ、微妙なんですよぉ」


「まぁ、確かに……そうですよねぇ」



 三人は仲良く昼食を済ませて、午後の作業に備えていた。すると、一人の女性が鳥居をくぐり参道を歩いて来るのが見えた。手水舎にも寄らず、まっすぐ授与所に向って歩いて来た――


「あの、すみません。お尋ねしますが、此方に稲田典子さんはいらっしゃいますか?」


「はい、稲田典子なら彼方に。えっと、面会でしたら、お名前をお伺いしても良いですか?」


「はい、申し遅れました。私は山田麻沙美と申します。山田吾郎の……妹が来たとお伝え願いたいのですが……」

 

「えっ! 吾郎さんの? 今、呼んで来ますから、暫くお待ち下さい……」



 めぐみが社務所へ行こうと授与所を飛び出した所に典子と紗耶香が戻って来た――


「典子さん、面会のお客様ですよっ! 麻沙美さん、吾郎さんの……」


「ほらぁ、やっぱり女が居たんですよぉ。修羅場は神社の外でやって下さいよぉ」


「紗耶香さん違いますよ、吾郎さんの妹さんが典子さんを訪ねて来たんですよ」


「えぇっ? 妹さん?」


 声を聞き付けて麻沙美が小走りで典子の前にやって来た――


「あのっ、初めまして、山田吾郎の妹の麻沙美と申します。この度は、兄が御迷惑をお掛けして申し訳有りませんでした」


「初めまして稲田典子と申します。あの、ちょっと、麻沙美さん。そんなに頭を下げられても……お兄さんは何も迷惑なんて掛けていませんよ」


「でも、典子さんから大金を借りたにも拘らず、兄は競馬で全部スッて一文無しになってしまって……返済は必ずします。只、もう少しだけ待って貰えませんか?」


「あっはっは。やだなぁ麻沙美さん、返済だなんて。借用書も何も無いんですから。彼ったら、今日も朝一で此処に来て金貸してくれって。うふふっ」



 紗耶香とめぐみは逢引きでは無く、金の無心だった事に驚いた――



「ほぉらぁ。結局、お金を引っ張り出すんですよーぉ。妹さんにはぁ、気の毒ですけどぉ、お兄さんはぁ、ロクな者じゃないんですよぉ」


「紗耶香さん、妹さんの前で、彼を侮辱するのは止めてっ!」


「典子さん、まさか……貸したんじゃ……ないですよね?」


「えっ?」


 めぐみと紗耶香と麻沙美は典子の反応に猜疑心の塊になっていた――


「貸したわよ。えぇ、貸したわよ。貸すに決まっているじゃないの」



 〝 えぇ―――――――――ぇっ! 貸したんですか――――――ぁ! ″



 めぐみと紗耶香と麻沙美の声は、見事なまでにハモッた――


「典子さん、幾ら貸したんですかぁ? 又、何百万もぉ、貸したんじゃないですよねぇ?」


「典子さん、幾ら貸したんですか? 正直に言って下さい」


「まぁ、そのぉ……ちょっとだけよ。さ…くぅ…ま…円」


「えっ? 何ですって? 声が小さくて聞こえませんけど? ハッキリ言って下さいっ!」


「うん……あのねぇ、三百万円程」



 〝 三百万円――――――つ! ″ 


「中華街足す、五百万足す、三百万円はトータル八百万越えじゃないですかっ!」


「ほぉーら、気が付けば持ち出しになっているんですよぉ。詐欺師確定なんですよぉ、悪い男なんですよぉ、目を覚まして下さいよぉ」


「典子さん、本当に兄が御迷惑をお掛けして……ごめんなさい」


「あのねぇ、麻沙美さん。お兄さんは迷惑なんて、これっぽちも掛けちゃいないのよ。通りすがりの私を何日も掛けて探し出して、お金を渡してくれたの。私にとっては恩人。福の神みたいなものよ」


「でも、全部スッて一文無しになってしまって、返済の目途さえ立っていないんです。家にも借金が有って……あぁ――――――んっ!」



 巫女の三人は泣き崩れる麻沙美を宥め事情を聞くと、母親が保証人になって預貯金を全て失い、縁談は破談、投資詐欺にあって資産の殆どが抵当に入っている事を打ち明けた――



「あんな風に見えて、お兄ちゃんは子供の頃は神童と呼ばれていたんです。父はそんな兄に『家族の犠牲になる必要は無い、お前の心の思うままに生きなさい』と言って……それからお兄ちゃんは哲学に傾倒して行ったんです。そして、就職先では直属の上司はもとより、部課長も社長も論破してしまい……」


「麻沙美さん、それじゃぁ、クビ確定なんですよぉ、居場所無いんですよぉ、世渡りが下手過ぎなんですよぉ」


「紗耶香さん。やっぱり、吾郎さんて良い人なんですよ。優しい人なんですよ。麻沙美さんを見れば分かりますよ」


「そうよ。決まっているじゃない。私が惚れたんだから。麻沙美さん、心配しないで。私は返済して貰おうなんて思ってやしないわ。それに、今年はまだ四日有るのよっ! 勝負は大晦日まで、絶対に諦めないわっ!」


「そうですよ、麻沙美さん、諦めないでっ!」


「一度はぁ、大当たりを出したんですよぉ、きっとぉ、又、大当たりが出ますよぉ」


「皆さん、ありがとうございます」




 麻沙美が去って行き、三人は何時もの作業に戻って行った――



お読み頂き有難う御座います。


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