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山田吾郎の慟哭。

―― 十二月二十六日 中山競馬場


「うっがぁぁあ――――――っ、うを――――ぅ、うをぉ――――ぅっ! やっちまったぁ、アリストテレスと武豊に賭けた俺が馬鹿だったぁ――――ぁあ! 全財産がぁ、全部スッちまったぁ……うえぇ――――ん、うえぇ―――んっん!」


 肩を落としてナッキーモールを歩いて居ると、船橋法典駅のホームから電車に飛び込み、この世とおさらばする事さえ考えた――


「武は武でも武豊じゃなくて横山武……文学部哲学科卒の俺はアリストテレスが捨てられなかった……」


 吾郎の脳内にアリストテレスの言葉が響いた――


 〝 最大の美徳は、他人の役に立てることである ″


「あぁ、人の役にもJRAの役にも立てましたよっ!」


 〝 幸せかどうかは自分次第である ″


「全負けして幸せな分けねぇ-だろうがよっ!」


 〝 知る者は行い、理解する者は教える ″


「そうだ……勝負に勝つ事を知る俺は、まだまだ勝負しなけりゃダメだっ! そして、理解するまで、何度でも、何度でもぉ……」


 〝 幸せかどうかは、自分次第である ″


「自分次第は気分次第! 今年も残り僅かだけど、負けてなるものかっ! 仕方が無い、親に借りるしかねぇな。もう何年も帰ってないけど……」



 吾郎は典子に五百万円を借りたが、倍にして返せない今は会わせる顔が無かった。そして、武蔵野線で西船橋には向かわず、反対側の電車に乗り、生まれ故郷の東所沢に帰った――


 〝 ご乗車有り難う御座います。間も無く東所沢に到着です。東所沢の次は新秋津に停まります。お忘れ物御座いませんよう、お降り下さい ″



「ふうぅ―――っ、寒い寒い。懐が寒いとは、よく言ったもんだ。体感温度が全然違うぜ。だけど、この畑の臭いも、吹きっ晒しの風も、俺を歓迎している様だぜ」



 吾郎の実家は地主であり、農家だった――


「ただいま。よぉ、今帰ったぜ」


「お兄ちゃん? お兄ちゃん、今頃帰って来て何の用?」


「何の用って……用が無けりゃあ、帰って来ちゃいけねぇのかよ。三年振りに帰って来たって云うのに。何だよ、ご挨拶だなぁ」


「お兄ちゃん、今、家は大変なのよっ!」


「大変? 何が大変なんだよ。不労所得で余裕ぶちかまして生きているのが、この山田家だろーに? ん? どうしたんだ麻沙美。おまえ、泣いているのかぃ……」


「お父さんが亡くなって、お兄ちゃんが出て行って……この家はもう、滅茶苦茶よっ!」


「滅茶苦茶ってどう云う事だよ? お前は婿養子を取って、この家は安泰。だから、邪魔なオレは出て行ったんだぜ。どう云う事なのか、お兄ちゃんに言ってみろ」


「お母さんが騙されて……保証人になって預金は無くなって、そこに投資の話を持ち掛けられて……この家も駅前の土地も全部、抵当に入っているの……」


「何だとっ! 麻沙美、そりゃぁ……」


「そうよっ! 皆、グルだったのよ……お母さんに言葉巧みに近付いて……全部計画だったのよっ! うあぁ―――――――んっ!」


 麻沙美が吾郎の胸で泣いていると、物音に気が付いた母親が奥の座敷から出て来た――


「吾郎。お帰り」


「母さん、何だって、こんな事に……」


「もう良いんだよ。私が馬鹿だったの。人を容易く信じてはダメだと、父さんに釘を刺されていたと云うのに……でもね、父さんの遺言は守ったよ。お前が帰って来た時のために農地だけは手放しはしなかったよ」


「母さんっ! 家も失い、駅前の土地まで失って、資産価値のない農地だけ有っても、どうにもならないだろっ!」


「お兄ちゃん、お母さんを責めないでっ! お願い……家族が壊れたら、それこそ、お父さんに顔向けできないよ……」


 麻沙美の縁談は保証人の問題で破綻し、そこに個人情報を入手した投資詐欺の連中が複数で芝居を仕掛けて、まんまと騙されてしまった――


「あぁ、何て事だ……金の無心に来たオレが馬鹿だったぜ。まさか実家が火の車だとはよぉ」


「金の無心? 吾郎。まさかお前、借金でも有るのかい? いくら必要なんだい?」


「あぁ、五百万とちょっと。借りちまってね」


「お兄ちゃん、そんな大金どうするの? 家にお金は無いし……そのお金、サラ金か闇金にでも借りたの?」


「そんな危ない連中から借りたりしねぇよ」


「じゃあ、誰に借りたのよ? 言ってよ」


「喜多美神社の巫女の稲田典子さんから借りたんだよ」


「巫女さん? お兄ちゃん。その人はお兄ちゃんとどんな関係なの? 恋人なの?」


「まさか、馬鹿言うなよ。そんなんじゃ、無いよ……」


「そんなんじゃ無いって、それならどうして、お兄ちゃんにそんな大金を貸すのよっ!」


「競馬場で出会ってね、彼女のお陰で大当たり。それで、お礼にお金を渡して、そのお金をまた借りて、有馬記念で全部スッちまった。全財産がパーだ」


「もう、お兄ちゃんまで何をやっているのよっ!」


 麻沙美は泣き崩れ、母は項垂れ生気を失った様になっていた――


「泣くなよ。泣いたってどうにもならない。オレの事は良いからさ。それより、抵当に入っても、家も駅前の土地も、まだ取られた分けじゃないんだからよ」


「お兄ちゃん、家はもう諦めるしか無いから良いよ。それより、お兄ちゃんの方はどうする気なの? ねぇ、皆で謝りに行って、待ってもらおうよ。ねっ?」


「馬鹿野郎っ! お前はすっこんでいろ。お兄ちゃんに恥をかかせるんじゃねぇ!」


「吾郎。お前、何か心当たりでも有るのかい?」


「あぁ。兎に角、メソメソすんなって。借金の事なんか忘れて、新たな年を迎えてくれ。年の瀬に騒がせて済まなかったなぁ。あばよっ!」




 吾郎は年老いた母と妹の前で粋がってはみたものの、何の心当たりも無かった――






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