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その時、歴史は動いた。

 和やかな晩酌は、一変して気まずい空気が漂った。関田は意を決して当主に質問をした――



「御当主。その話、まだ、続きが有りますね? どうぞお聞かせ下さい」


「いや、止めれー。息子の言う通り、笑われーだけだけん……」


「いいえ、話と云うのは最後まで聞かなければ分かりません。てっきり、お酒が入って作り話をしているのかと思っただけです。どうぞ続けて下さい」


素戔嗚尊スサノオノミコト八岐大蛇ヤマタノオロチを退治したその後、老夫婦は村人たち皆と八岐大蛇ヤマタノオロチを食ーて宴会をしたのだ。すーと、爺さんは曲がった腰が真直ぐになり、婆さんは肌艶が良んなった」


「……若返ったと云う事ですか?」


「そうだ。なんでも鰻よりも旨かったそうで。病身の者が口にすーと、病が消えて無うなり、三日三晩、寝んと働けー強靭な体になったそうだがね。そして、川の様に流れー生き血を、桶に入れ、樽に移し替えて保存したよ」


「はぁ……そして、どうなったのですか?」


「その生き血を飲んだら、精力絶倫になりましてな、老夫婦に子供が生まれたんだ。それが我が大谷家の祖先と云ー事だ」


 関田は話を聞いた事を後悔し始めた。だが、それでも長年の勘と知的好奇心にまかせて更に聞いた――


「それは驚きですね……ちなみに和鉄の製法に関してですが、たたら御三家に教えたというのはどう云う経緯でしょう? 元々は造り酒屋だったのでしょう?」


「そうだ。そーから、素戔嗚尊スサノオノミコト十拳剣とつかのつるぎで切り刻んで尻尾を切った時に刃先に何かが当たり、調べーと剣が出てきて、この剣が天叢雲剣あまのむらくものつるぎと云う事になってますが、この時の破片が和鉄の原典として、我が大谷家に伝わっております」


「そうですか……それは、たいそう立派な物なのでしょうね……貴重なお話を聞かせて頂き、有難う御座いました」


 関田は礼儀正しく深々と頭を下げると、話を終わらせた。だが、今度は当主が顔色を窺い、顔を真っ赤にして言った――


「しぇんしぇい、信じちょらんねっ! 嘘だ思ーならっ……おえ、アレを持ってこえっ!」


 言葉を発する事も無く、後方で肴の用意と燗番をしていた奥方が何かを取りに行き、戻って来ると当主にそっと手渡した――


「しぇんしぇー、どうぞ、コレを見てやってごしなぃ、」


 関田に渡されたのは紐が掛けられた桐の箱だった。その紐を解いて蓋を開けると中には剣の破片らしき物と砂鉄、玉鋼の製法が記された書物が入っていた――


「これはっ!『天叢雲剣あまのむらくものつるぎは欠ける事が無く、十拳剣とつかのつるぎの破片である』と記されています。それに、この砂鉄から玉鋼を作る工程表と粘りと脆さの対照表さえ有るとは……」



 その時、歴史が動いた――



「御当主、これは歴史的に見ても重大な発見です。是非、成分の分析と時代の特定をしなくてはなりません。お借り出来ますね?」


「いいや、そらぁ出来ん。例え、どげなに偉え、しぇんしぇーでもお断りすー。その名の通り、門外不出だけん」



 関田は門外不出が故に、世間に知られる事さえ無い、歴史的発見に興奮を禁じ得なかった。そして、島根県と鳥取県には、まだまだ知られざる歴史の遺物が有る事を信じて活動していた自分に間違いは無かったと確信した――



「だども、こげな雪の日に調査だなんて、学者と云ーのも大変だなぁ。そう言えば、この間も東京の学者が来て、となり近所の人達を調べて行きたけど」


「ほほう、学者とは一体、何の研究者……ですか? 一体、何を調べて行ったのですか?」


「はぇ、何でも、ミトコンドリアとか云ー物を調べちょーそうで、島根県人と鳥取県人の遺伝子を調べちょー言ーちょったよ」


「うーむ、私とは全く違うアプローチですが……それは大変、興味深いですね……」


「こげな、何もなえ所の、何が良うて東京から来うのか分からんが、しぇんしぇーのお陰で『神話の故郷』は盛況だよ。そうだ、しぇっかく来たのだけん、話の種に一杯やってみーか?」


「一杯とは?」


「おぇ、アレを出えて来い」


「あんた、東京の口の肥えたお客様に、あげなん出えたらいけんよ……」


「何を言ーちょーんだ、歴史学者のしぇんしぇーだけんこそ、意味が有ーんだ。早うアレを持って来いって」


 当主の奥方が関田の前に用意したのはワイン・グラスとデキャンタだった――


「おぉ。出雲ワインですね。横田ビンヤードのカベルネ・ソーヴィニョンか……? 奥出雲葡萄園のメルロでしょうか?」


 奥方がデキャンタから静かにグラスに注ぐと、無言で関田に差し出した――


「それでは……頂きます」


 〝 ゴクッ、ゴック、ゴクッ、ゴック、ゴクリッ ″


「うーん、これは、一体何でしょう……タンニンを全く感じませんね。まるで貴腐ワインの様に甘い……此れは何方のワインでしょうか?」


「しぇんしぇー、論より証拠と云ーでは有らんか。これが八岐大蛇ヤマタノオロチの生き血を酒で……」


 関田は八岐大蛇ヤマタノオロチの生き血を酒で割った物を一気に飲み干したせいで、当主の話を聞き終わる前に、すぅーっと意識を失ってしまった――



――翌朝


「しぇんしぇー、しぇんしぇー、もう朝だよ。起きてごしなぃまし」


「あぁ、うーん、朝ですかぁ……お早う御座います。何時の間に眠ってしまったようですね。どんなに飲んでも酒に飲まれた事など、生涯に一度たりとも無かったと云うのに……」


「おはようござえまし。しぇんしぇー、お目覚めは如何か?」


「いやぁ、爽快です。何だか生まれ変わったような気分です。身体中に力漲っていますよ。あっ……」


 関田は自分の身体が「思春期の若者の朝」になっている事に驚いた――


「論より証拠だよ。あっはっはっはっは。しぇんしぇー、朝食の用意が出来ちょーけん、床はそのままで結構だ。さぁ、どうぞこちらへ」


 関田は朝食を摂りながら。昨晩、飲んだのはワインでは無く、八岐大蛇ヤマタノオロチの生き血を酒で割った物だと聞かされ、その言葉を信じる事も、否定する事も出来なかった――



「つまり、御当主は……本当に、大山津見神オオヤマツミノカミの子孫と云う事ですか?」


「そう云ー事になーな。八岐大蛇ヤマタノオロチ退治の後日談など、誰も信じてはくれんがね。どうか、しぇんしぇー、そげな話を記憶の何処かに仕舞ーちょいてごしなぃ」


 関田は新たな神話の発見に驚くと同時に、現在進行形で繋がり生き続けている事に言い知れぬ感動を覚えた――




お読み頂き有難う御座います。


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