イブの夜の出来事。
クリスマス・イブの夜、七海は保温性能の高いインナーを着てダッフルコートに毛糸のマフラーをして寒空の下で駿の来るのを待っていた――
「ふぅ――っ、寒っ! でも、手はかじかんでも、心はポカポカだお……早く来ないかなぁ……」
〝 ベ―――――ン、ベーーン、ベ―――――ン、ベン、ベン、ベン、ベンッ ″
「七海ちゃん、お待たせ。待った?」
「うん。ちょっとだけ。寒かった……」
「ごめん、ごめん。ちょっと準備に手間取ってね。さぁ、行こう。乗って」
駿は背中に担いでいた荷物を前に回して担ぎ直した――
「駿ちゃん。それなぁに?」
「あぁ、コレ? コレは天体望遠鏡。七海ちゃんと星を眺めようと思ってね」
「うわぁ、何だか、ロマンチックだお!」
「さぁ、行くよっ、確り摑まってっ!」
「わぁーぃ、ナイト・ツーリングにレッツ・ゴー!」
〝 べべベン、ベン、ベン、ベンッ! ベ―――――ン、ベーーン、ベ―――ン、 ″
ベスパは国道311号線を羽田方面へ向かって走って行った。夜の街はクリスマスのイルミネーションに彩られ、七海は駿の背中に抱き付き、楽しそうに手を繋いだカップルが景色と共に流れて去って行くのを眺めていた――
「到着。七海ちゃん着いたよっ!」
「ここは……第三ターミナル?」
「そう。ここで食事をしようよ。その後、少し温まってから展望デッキに行こう」
「うんっ!」
〝 はねだ日本橋「旅立ちは 昔も今も 日本橋」 ″
駿は江戸の街並みが再現された「江戸小路」を案内した――
「うわぁ、駿ちゃん、羽田空港の中って、こんなんなってんのぉ。知らなかったお……」
「『お出かけスポット』としても魅力的な場所だけど、朝焼けや夕焼けは遠くに見える東京スカイツリーや東京タワー、レインボーブリッジと重ねて見る事が出来る絶好のフォト・スポットなんだ、東京都心の夜景も羽田空港からなら、しっかりと眺める事が出来るから、お気に入りなんだ。ねぇ、七海ちゃん。お寿司か…すき焼き? それとも……」
「すっき焼きにするおっ!」
お店に入ると個室に案内され、御料理の準備が整うと「ごゆっくりどうぞ」と言って中居が下がり、差し向かいになった七海は駿のご飯をよそい、お肉と葱と焼き豆腐をとんすいに取って渡すと、仲睦まじくすき焼きをを食べた――
「ふぅ、美味しかった。駿ちゃん、ご馳走様」
「どういたしまして。さぁ、温まったから展望デッキに行こうよ」
「うんっ! 何かさぁ、外国に居る様なぁ、海外旅行気分だお……」
「羽田空港は全部で三つのターミナルが有るんだけど、特に国際線ターミナルとして使われる此処は海外からの観光客向けに日本らしさを強く演出した作りになっていて、アナウンスで聞こえてくる地名も海外の主要都市ばかりで日本じゃないみたいだよね」
展望デッキに出ると、そこには非日常の風景が広がっていた。その美しい機体と滑走路の光のハーモニーに七海は驚いた――
「うわぁ……綺麗。まるで宝石箱の様だお……」
「ほら、向こうが第一タミーナルで、晴れて天気の良い日には富士山が見えるんだ」
「駿ちゃん、全部、行ってみたいっ!」
「えぇ、全部? 完全制覇したいんだね。OK!」
第一ターミナルの展望デッキに着くと、川崎方面の工場の煙がSF映画の様に見えた。そして、ふたりは更に上の展望デッキの階段を登った――
〝 GULLIVER'S DECK ″
離着陸を繰り返す、たくさんの飛行機
遠くには、ミニチュアのように並ぶ都心のビル群
巨大都市『東京』の大パノラマと、絶え間ない鼓動
まるで、自分が小人の世界を旅するガリバーになったかのような
そんな風景が眼下に広がっています
「本当だぁ、ガリバーになった気分だお‥…」
「ここは広いね。ガリバーか……上手い事を言うなぁ」
隣りの第二ターミナルの展望デッキに到着すると、七海は達成感を感じていた――
「わぁ―い、完全制覇したお。やったー!」
「あはは。七海ちゃんに喜んで貰えて良かった。さて、次は若洲海浜公園だよ」
「うんっ! 夜景がこんなに素敵だなんて、レディースの時は思ってもみなかったなぁ……何だか、ナイト・ツーリングにハマりそうだおっ!」
駿は七海を乗せると、スロットル全開で東京港臨海道路を走り、ゲートブリッジを渡り、若洲海浜公園の駐車場にベスパを停めた。天体望遠鏡を背中に担ぎ、キャリアに積んだピクニック・バスケットを右手に持ち、左手で七海の手を取った――
「さぁ、北端展望台に案内するよ」
「駿ちゃん、お舟みたいな建物だお……」
「そうなんだ、左側に有るのはヨットの訓練所だよ。そう言えば、七海ちゃんのお父さんは一等航海士だったよね」
「うん。何かぁ、お舟を見るとぉ、ほっこりするお……」
ヨットを模した北端展望台に到着すると、バスケットからポットと羽田空港で買ったマカロンを取り出し、温かいコーヒーを飲みながら頬張った――
「父ちゃんと一緒に航海がしたかったぁ……」
暫くすると、対岸の巨大テーマ・パークの花火が上がり七海のテンションはMAXになった――
「うわぁ! 見て、見てっ! 綺麗っ! 凄い、凄いっ!」
「スター・ブライト・クリスマスだから何時もより豪華だね」
七海は駿の左腕を抱き締めて花火を眺めていた――
「さぁ、次は天体観測に行こう」
海獣の道をふたりで歩き、ダイオウイカを過ぎて最南端の広場の芝生の上にシートを敷いて腰を下ろし、七海にブランケットを掛けてあげると、天体望遠鏡をセットした――
「あらら、ごめん、七海ちゃん。光害で良く見え無いや。残念……」
「うぅん、良いよ。駿ちゃんと、こうして澄み切った空気の中で、波の音を聞きながら星空を眺められるだけで満足だぉ……」
「ありがとう」
「ねぇ、駿ちゃん。お願いが有るんだけど、後でツーショット写真を撮りたいおっ!」
「勿論だよ。ゲート・ブリッジを背景に撮ろうね」
「うん。ゲート・ブリッジが本当に向かい合う恐竜みたいで、可愛いお」
駿が一生懸命、天体望遠鏡をのぞき込んでいると、七海が肩を叩いた――
「駿ちゃんっ! 流れ星っ!」
「えっ!?」
夜空を上げ見ると、そこには無数の星が降り注いでいた――
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