クリスマス・イブのご予定は?
吾郎はヨレヨレのトレンチコートを着て、傷だらけの革靴を履き、天然パーマでクルクルの髪は艶々で、ぽちゃっとした面立ちに青髭、ぷるんっとした赤い唇、大きな瞳を覆う長いまつ毛がバサバサと音を立てている様だった――
「何よ、あんた。誘いに来たって、どう云う事よ?」
「クリスマス・パーティに決まってんだろっ! 皆で仲良く、七面鳥でも食わねぇか?」
「誘いは嬉しいけどぉ……皆がどう思うか……」
典子が振り返ると、紗耶香もめぐみも首を横にフルフルして、No thank you のアピールをした――
「典子さん、ふたりっきりでぇ、どうぞっ! 絶好のぉ、チャンス到来じゃないですかぁ」
「そうですよ。典子さんは遂にクリぼっちから脱出出来るのです。むははははっ」
「えぇっ! 皆と一緒じゃなくちゃ。私一人じゃ嫌よ……」
「遠慮しなくて良いんだよぉ。嫌よ嫌よも何とかって言うぜっ! オレの知り合いの中華料理の店なんだけどよぉ、北京ダックが旨いんだよ、もう、殊の外。無理を言って七面鳥を焼いてもらう事にしたんだけどよぉ、ひとりじゃあ、食い切れねぇ。だから、お姉ちゃん達に声を掛けったって訳なんだ。どうだい? 小一時間位付き合っても、罰は当たらねぇよ」
「そうなんだぁ。あんた見掛けに寄らず優しい所が有るのね。でも、皆が……」
「北京ダックに降参っ!」
「七面鳥に一票っ!」
「おぉっ! そう来なくっちゃいけねぇよっ! じゃ、明日の六時位に迎えに来るからよっ! あばよっ!」
吾郎はトレンチコートの襟を立て、踵を返すと参道を去って行った――
「ちょと食費が浮いたわね。その後は例のカラオケ屋でお開きにしましょう」
「典子さんはぁ、安く上げる事ばっかりぃ、言っているからぁ、モテないんですよぉ」
「まぁまぁ。七面鳥に紹興酒か……それともビール? 何にしてもラッキーですよ。うふふっ」
めぐみが仕事を終えて帰宅すると、部屋には既に駿と七海が来ていた――
「めぐみ姉ちゃん、おかえりなさいっ! 待ってたぜ」
「ただいま。待たせたも何も、ふたりで夕飯を済ませたのでしょう?」
「やあ、めぐみちゃん。お帰り」
「駿さん、今晩は」
「ねぇ、ねぇ、めぐみ姉ちゃん。明日のイブは当然、予定無いよね?」
「決め付けんなっ! 明日は職場の人達と七面鳥でクリスマス・パーティー。その後カラオケなの」
「あんだお、予定あんのかよー」
「何よ。何か計画でも有ったの?」
「和樹ちゃんも誘って、四人でクリスマス・パーティをする計画だったんだよ」
「そっか。でも今日の明日じゃ無理よ。私にだって都合と云う物が有るので、おほほほ」
「あんだお、予定ナシの予定で計画立てて損したお」
「あはは。残念だったね、七海ちゃん。めぐみちゃんも付き合いが有るのさ」
「ちぇ、つまんねーのっ!」
七海が寂しそうにしているのを見かねて、駿が声を掛けた――
「そうだっ! 七海ちゃん。クリスマス・パーティの替わりにナイト・ツーリングに行かない?」
「えぇっ! 誘ってくれんの? 嬉しい。でも、ナイト・ツーリングって何処に行くの? 集会みたいな奴じゃ、嫌だお……」
「あはは。心配しないで。羽田空港とベイエリアはどう? 何時もひとりで行くのだけれど、満天の星空にジャンボジェットが吸い込まれるように消えていくんだ。とても綺麗だよ」
「きゃはっ、駿ちゅあーん。行く行く、ふたりでデートの方が、こんな部屋でクリスマス・パーティするよりロマンチックで嬉しいお」
「すっごく寒いから、温かい格好でね。ブランケットは僕が用意するよ」
「マジマジ!? ひとつのブランケットに、おふたり様でぇ、肩寄せ合ってぇ、いやぁーん、ドキドキしちゃうじゃんよっ!」
「はいはい、ご馳走様、ご馳走様。イチャイチャしやがって。こんな部屋とは何よっ! 私は夕飯食べていないからご馳走様には早かった。夕飯にしてっ!」
「はい、今日の夕飯はおでんだおっ! たんと召し上がれっ!」
七海が用意したアルマイトの鍋には、錫のちろりが入っていた――
「ほほう。中々、美味しそうね。これはもしや……」
「純米酒だお。竹輪もはんペンもコンニャクも買って来た奴だけど、飛竜頭はあっシの手作り、おふくろの味だお」
「旨っ! なにこの味、いい味出してるぅ、口福だねぇ。日本酒も頂いて……くっはぁあ――――っ。効くぅう――――っ!」
「さえずりと日本酒は駿ちゃんから。あっ、和辛子はモノホンだお」
「これは、お酒は進むし、無限ループだ。大根は味が染みているねぇ、さえずりがこの絶妙な味を出しているのね。旨すっ!」
「ねぇ、めぐみちゃん。和樹ちゃんはどうしてるの?」
「また、私に聞くんだからぁ、正式にお付き合いをしている訳では御座いませんので、日常生活の様子までは知らないのよんっ!」
「そうなのか。でも、めぐみちゃんが和樹ちゃんとクリスマスを一緒に過ごさないなんて思わなかったからさぁ」
「うーん、卵も美味しゅう御座いますぅ。和樹さんの事は、ほら、あの、ピースケちゃんに聞いた方が良いわよ。行動を共にする運命なんだから」
「……うん。だけど、何か臭うんだよね」
「おでんの匂いだけよ。そう言えば、ピースケちゃんは何日もお風呂に入ってなかったみたいだけどねぇ」
「彼奴、舐めてんだよぉ。ぐーたらしやがって、言われなきゃ、何もしねーしっ!」
「そうそう。遠慮ってものを知らないのよね。やって貰って当然だと思っているから、七海ちゃんにシメられる位が丁度良いのよ」
「アニキもさぁ、面倒くせぇのを押し付けられて困ってんなら、あっシが焼き入れてやっから心配すんなって言っといてよっ!」
「七海ちゃん、頼もしいわねぇ。大人になったって感じっ!」
〝 イェエ――――――ィッ! ハイ・タッチッ! ″
駿は天国主大神が出した指令の重さを鑑みて、何か不吉な予感がしていた――
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