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世間知らずも恋の内。

 食卓には塩鮭、海苔、納豆、山葵漬け、切り干し大根、目玉焼きに昨晩の残りのトンカツを卵でとじたカツ煮が並んだ――


 〝 いっただっきまぁ――――――すっ! ″


「すまないな、麗華。こんな質素な食いモンばかりで……」


「良いの。康ちゃんと一緒なら、どんな物でも美味しいわ」


「ありがとう、麗華。あーぁ、見られたくなかったなーぁ、丸山家の粗末な朝食をよぉ」


「粗末で悪かったねぇ、嫌なら食べなくても良いんだよ」


「嫌だとは言ってねぇだろ。有難く頂きますよっ!」


「あぁ、この切り干し大根、美味しいっ! 塩鮭も皮目がパリッパリで香ばしい上に塩加減も最高ですっ! 母上、見事です。良いお味です」


「あら、そうですかぁ。分かります?」


「えぇ、分かりますとも。カツ煮も甘じょっぱさが絶妙で御飯が進みますね」


「ほぉーら、見な。分かる御人には分かるんだよぉ。ねぇ、麗華さん。このボンクラ共がっ」


「ふんっ、こっちは、年がら年中、食い飽きてんだよぉ」


「山葵漬けが美味しいぃ――――いっ! これは格別ですね」


「あら、そうですか。お口に合いまして? その山葵漬けは私の故郷の長野から送って来た物で……」


「幼馴染が造り酒屋をしてましてねぇ、その酒粕がぁーって、おい、その話はもう聞き飽きたから止めろっ! 話が長ぇんだよ。昼になっちまうよ」


「まぁ、父上は物まねが、とってもお上手ですね。うふふふっ」


「ほら見ろっ! お前達、聞いたか? ちゃんとウケる人にはウケるんだよ。がっはっは」


「麗華さん、お父さんは直ぐに調子に乗るから褒めないで。友達が来た時とか、恥ずかしいの」


「優香。親に向って恥ずかしいとは何だっ!」


「およしよ、見っとも無い。すみませんねぇ、朝から騒々しくて。麗華さんが呆れているでしょう。静かにおしっ!」


「いいえ、母上。朝から皆、元気が有って、家族団欒って良い物ですね」




 康平は束の間の家族団欒を終えると、麗華と共に実家を後にした――


「康ちゃん、そんな浮かない顔をして……私と一緒にいるのが嫌なの?」


「まさか。そんなんじゃ無い、親にあそこまで言われるとは思ってもみなかったのよ」


「『甘ったれるな』って? うふふっ。でも、本当の事よ。筋は通っているし父上も母上も立派だわ」


「立派ねぇ……もっと、こう、大切にして貰えると思っていたんだよなぁ」


「康ちゃん、私達には私達の人生が有る。新しい人生の始まりにワクワクするでしょう?」


「そうだね……麗華。仕方が無い、ひとまず、おいらのアパートで我慢してくれ」


「我慢だなんて。最初から、アパートでも良かったのに……」


「いやぁ、狭いから、肩寄せ合って密着していたら、間違いが起こりそうだからさぁ」


「間違いって何よ?」


「いやぁ、だから、おいらも男だから……そのぉ」


「間違いだなんて可笑しいっ! 私たちは夫婦になるのよ? それで正解じゃない?」


「あっ! そうか。そうだな、正解か。間違いだって、あっはっはっは、何をやってんだろ、おいらは」


「うふふふふっ。でも、康ちゃんの家族に会えて嬉しかったわ」



 康平の六畳一間のアパートに到着すると、麗華は絶句した――


「まぁ。私のウォーク・イン・クローゼットより狭いなんて……信じられません」


「いやぁ、麗華、こんなもんなんだよ世間は……」


「これで家賃を取るなんて、人が住める代物では有りません。抗議しなくてはいけませんよ」


「家賃が安いから、仕方ないんだよ……直ぐに引っ越すからさぁ」


「此処のお家賃は、いか程ですか?」


「三万五千円……です」


「高っ! 暴利です。三千円が良い所です。酷いっ!」


「麗華、世間ではこれでも安い方なんだよ。ふたりの新居は……まぁ、七万から十万位かなぁ……」


「康平さん、お給料は?」


「手取りで三十七万位かなぁ……仕事の内容にもよるから、もっと多い時もあるけど……」


「搾取ですっ! たった、それだけの給料で人を扱き使おうなんて、棟梁はムシが良過ぎますっ!」


「『たった、それだけ』言わないでくれよ。それで何とかやって行かなきゃならないんだよ」


 康平はアパートに、ひとり麗華を残し仕事に向った――


「私の貯金を切り崩しては意味が無いわ。何とかやりくりしなくては……」




 喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――


「あぁーあ。結局、クリスマスはひとりぼっちかぁ。溜息が出ちゃうわ」


「典子さんはぁ、何時も計画性が無いんですよぉ、今から探してぇ、来年に備える他にぃ、手は無いんですよぉ」


「確かに、紗耶香さんの言う通りですね。十一月になって焦っても無駄ですよね」


「そう云う、ふたりはどーなのよっ! 結局、クリぼっちじゃないのっ!」


「皆で飲みでも行きましょうか? 勿論、典子さんの奢りで。てへぺろっ!」


「もう、しょうがないなぁ。臨時収入も有ったし、そうしよっか?」


「やったー!」


「でも、安い所にしてね。断っておきますけどケチで言っているんじゃ無いわよ。洒落たお店はカップルだらけで肩身が狭いだけからね」


「はぁ――――いっ!」


 三人が談笑をしていると参道を歩く人影が見えた――


「あら? 瞳さんだ。あのふたり上手く行ったのね。それで神恩感謝に来たに違い無いよ。うふふっ」


「めぐみさん、聞いて欲しいだよ。お嬢様とあの男が駆け落ちしただぁよ。全責任はおらに有るだよ。心配で居ても立ってもいられねぇだよ」


 〝 駆け落ちぃ―――――――――いっ! ″


「世間知らずのお嬢様が、あの男と上手く行く様に祈ってけろっ!」


「瞳さん。大丈夫です。心配御無用。案ずるより、産むが安し君ですっ!」


「……そうですか。分かりました、安心しましただぁ」


「ん? 瞳さん、安心していませんね。どうして、そんなに不安なのですか?」


「お嬢様がいなくなって淋しいだよ……心配していねぇと居られねぇのは、おらの方だ。旦那様に、おいとまを頂くしかねぇだなぁ……」


 肩を落とし、淋しそうに参道を去って行く瞳と入れ替わりに、あの男がやって来た――


「うわぁっ! 変なおじさんっ!」


「さすらいのギャンブラー、山田吾郎っ!」


「よぉっ! 巫女の姉ちゃん、久しぶり。どうだい、調子は?」


「調子って何よ? 別に変らないわよ。あんたは?」


「まぁ、ぼちぼちって所だ。よぉ、明日はクリスマス・イブだろ。だからよぉ、誘いに来たって訳よ」


 めぐみと紗耶香は嫌な予感がして猜疑心の塊になっていたが、典子は「明日の飲み会がタダに出来るかも知れない」と算盤を弾いていた――





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