駆け落ちしたなら、甘えんなっ!
康平の母は、その凛々しい佇まいと所作に只ならぬ物を感じて凍り付いた――
「母上、お早う御座います。初めまして、今日からお世話になります。尾原麗華と申します。丸山康平の妻として精進して参りますので、ご指導ご鞭撻の程、お願い致します」
「まぁ、母上ってぇ、柄じゃないけどねぇ。随分と御丁寧に痛み入ります……母上っ!? 誰が? 私が? えぇ――っ! あんた、康平の嫁さんかい?」
「何だ何だ、騒がしい。朝は静かに厳かにっ! 一日の始まりを騒々しくしちゃあならねぇと何度言えば分かるんだぁ……おや? 誰だい、お客さんかい?」
「馬鹿だねぇ、あんたは。この人は康平の……」
「康平の? まさかぁ、こんなベッピンさんが……康平の彼女? 無い、無い、有り得ない。そんな訳が無い。ねぇ? お嬢さん?」
「はい」
「ほーら見ろっ! あんた、優香のお友達だろ? ところで、お名前なんてぇの?」
「父上、御挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。お早う御座います。初めまして、尾原麗華と申します。優香さんのお友達でも、康平さんの彼女でも有りません。私は康平さんの妻です」
「ほぇ? なぁーんだぁ、康平の妻か。それなら…………ってぇ事は婚約者、お嫁さんってかっ! おいおい、お嬢さんも人が悪いねぇ。んな訳ゃあ無いよな、大人をからかっちゃいけませんよ」
「からかってなどいません。父上、これからは丸山家の家族の一員として生きて行く所存で御座います。どうぞよしなにお願いします」
「あいやいやいや、こりゃあ、参ったねぇ。本気かい?」
「もう、馬鹿だねぇ、あんたは。その、だらしないシャツと股引を着替えておいでよ。恥ずかしいったらありゃしないよっ!」
そこへ、歯を磨いて顔を洗い、身支度を整えた優香が降りて来た――
「おはよう」
「大変だよっ! お姉えちゃん、このお姉ちゃんが、お兄ちゃんのお嫁さんになるんだってっ!」
「あぁ? うん、知ってる」
「えぇ――っ!」
「お前、知ってたのかい? 何時から? 何で言わなかったんだい。家族で隠し事はしない約束だよっ!」
「うん、だからっ、さっき。起きた時に聞いたばかりっ! 早くご飯にしてっ」
「ふーん、じゃあ、そっちのお姉ちゃんも一緒に食べようっ!」
「ありがとう。でも、悠太君、お手洗いに行かなくて良いの?」
「あぁっ! 忘れてたっ! 漏っちゃうよぉ――――っ!」
悠太は麗華に見つめられて引っ込んでいたのが、急に出たくなった――
「馬鹿だねぇ、本当に。騒がしくて、すみませんねぇ、麗華さん」
「いいえ、私が先に入った物ですから。それで、うふふふふっ」
康平は何時に無く焦っていた。いや、死にたい位に焦っていた――
「今朝に限って、何でこんなに渋滞してやがんでぇっ! 早くしないと麗華と皆が鉢合わせになっちまうぜ、もう、こんな時間じゃ、優香の奴、気が付くかもしれねぇなぁ……父ちゃんも母ちゃんも腰抜かしちまうぜ。チクショーめっ!」
予定より、一時間遅れで実家に到着した――
「おっと、こんな時間じゃあ、皆、起きてるな……ちょっと待てよ。そっと中の様子を見て、気が付かれねぇ様に二階に上がり、何食わぬ顔で麗華とふたりで挨拶をするって事にするか……」
〝 あ――はっはっはっは、 いやぁ――――っ、はっはっはっはっは ″
「おやおや? 何でぇ、随分と朝から賑やかじゃねぇか? それならこっちも都合が良いや。抜き足、差し足、忍び足っと……」
「おうっ! 康平っ! 手前ぇ、何時からコソ泥みてぇな真似をする様になったんだよ。サッサとこっちに来て飯を食えっ!」
「ヤベぇっ! 見つかっちまったぜ……」
奥の居間からひょっこり麗華が顔を出した――
「おはよう、康ちゃん。お帰りなさい」
「うわぁあ、麗華っ! くぅっ……手遅れだったか……」
康平は冷や汗をかきながら実家に上がり、そのまま食卓に着いた。すると、家族全員が一斉に口を開いた――
「お兄ちゃんのお嫁さんなんだって? 本当に?」
「ねぇ、お兄ちゃん。こんな綺麗な人と 何時、何処で出会ったの? 馴れ初めは? お兄ちゃんには勿体なくて信じられないよ。麗華さん、もっと良い人がいると思うよ。考え直した方が良いって」
「付き合っている人がいるなんて、ひと言もいってなかったじゃあないかっ! けしからんっ!」
「そうだよ。お父さんの言う通りだよ。康平、良い人が居るなら居るで、ひと言有っても罰は当たらないよ。親に内緒だなんて、以ての外だよ」
「皆で、いっぺんに喋るんじゃねぇよっ! 何が何だか分かりゃしねぇ。兎に角、おいらは麗華と結婚する。よろしく頼みます」
「おい、康平。よろしく頼むとはどういう意味だ? まさか、おめぇ、この人と此処で暮らそうってわけじゃあねぇだろうな? おぉ」
「あっ、いやぁ、そのぉ、新しく部屋を探すまでで良いんだよ……それまで此処でなんとか……」
「ちょいと、康平。お前、まさか駆け落ちでもして来たんじゃあるまいねぇ、えぇ? 麗華さんのご両親もこの事は承知なんだろうね。もし、そうじゃ無かったらお前、手が後ろに回っちまうよぉ」
「父上、母上。康平さんは犯罪者では御座いません。お互いもう大人なのです。両親の許可は必要ありません」
「えぇ――っ! じゃあ。本当に駆け落ちなのっ! お兄ちゃん、やるじゃんっ!」
「駆け落ちってなあに? プロレスの技みたいな奴?」
「馬鹿野郎、子供は黙ってろっ! おうっ、康平。覚悟を決めて駆け落ちをしたのなら、大いに結構、上等だぁ。だがなぁ、甘ったれるんじゃあねぇっ! 飯食ったっら出て行きやがれっ!」
「まぁ、父上。朝から血圧が上がると、お身体に障ります。さぁ、皆で仲良く楽しく朝食にしましょう」
「うんっ! 僕、お腹が空いたよぉ」
「私も遅刻しちゃうよ、早くっ、早くっ!」
「そうだねぇ。そうしましょうかね。睨めっこしていても、しょうがないからねぇ」
麗華の仕切りで無事、丸山家の朝食が始まった――
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