別れの朝。
―― 十二月二十二日 大安 甲辰
喜多見神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「早いもので、今日で補修工事も終わり。何だか淋しいものねぇ」
「典子さん、一年なんてぇ、あっと言う間なんですよぉ」
「でも綺麗になりましたね。これで、大祓の準備も加速しますよ。うふふっ」
―― 朝礼
「おう、皆、今日でこの仕事も終わりだ。ご苦労だったな。事故も無く無事作業を終える事を誇りに思うぜ。後片付けは抜かり無く、最後の最後まで宜しくな」
「へいっ!!」
朝礼が終わると康平は尾原家に最後の仕事に向かう為、参道を歩いていた――
「お早う御座います。今日で全ての作業が終わりですね、お世話になりました」
「お早う御座います。巫女さん、お世話だなんて、此方こそ有難う御座いました」
「ひとつお願いが有るんですけど……これを、麗華さんに渡して下さい」
「これは……御守りですか?」
「そうです。そして、もうひとつは御自分で持っていて下さい」
「おいらの分も? 有り難う御座います……」
「はい。頼みましたよっ! それでは気を付けて、いってらっしゃ――い!」
康平はめぐみに御守りを持たされて、尾原家へと向かった――
「お早う御座います。大工の康平で御座います。門を開けて頂けますでしょうか?」
「おう、来たな。今、開けてやるだ」
インターフォンで瞳に連絡をして門を開けて貰うと、真っ直ぐサウナハウスに行き、最後の作業に入った――
「しかし、こんなにも楽しく仕事をしたのは初めてだったな……今日で終わりかと思うと名残惜しくて、涙が出るぜ、コンチクショーっ!」
準備を整え作業をし始めると、本館から瞳がやって来た――
「おいっ! お前ぇ、朝食が用意して有るだ。手を止めて来るだよ」
「お生憎様。朝食は済ませて来ちまったし、あと少しで作業も終わりだよ。昼前には退散するから安心しなっ!」
「旦那様と一緒に朝食が出来る事なんて、滅多に無ぇだよ。身に余る光栄だろうに、断るとは何事だっ!」
「麗華さんも一緒なら行っても良いぜ。ちょいと渡してぇモンが有るんでな」
「渡してぇモン? お嬢様は……あの日から閉じ籠りっきりで、出て来ねぇだ。お前ぇのせいだぞっ!」
「チッ、うるせぇなぁ。仕事の邪魔だからサッサと戻りな。こっちは最後の点検で忙しいんだ。それで、お嬢様に喜多美神社の巫女さんから御守りを授かって、預かっていると伝えておいてくれ。頼んだぜ」
瞳は毎日、麗華と康平に意地悪をして楽しんでいたせいで相手にされなくなっていた――
「旦那様、朝食は断られましただよ。昼前には全て終わるそうですだ」
「瞳さん。心配する事は無い。これで終わりなら、それまでの縁でしかなかったと云う事だ」
「へぇ……」
瞳は祥介の朝食を用意して食べさせ、後片付けをすると、麗華の朝食を準備した――
「うんにゃ、旦那様が何と言おうと、全責任はおらに有るだよっ!」
瞳は階段をゆっくりと上がり麗華の部屋のドアをノックして声を掛けた――
〝 コッツ、コッツ、コッツ ″
「お嬢様。朝食をお持ちしましただ……」
「そこに置いて下さい。後で食べます」
「あのぉ、お嬢様。サウナ・ハウスは昼前には完成するそうですだ。完成引き渡しには顔を出して下せぇまし。お願いしますだ」
「嫌ですっ! 気分が悪いのです。あなた達にはウンザリですっ!」
「そんな事、言わねぇで下せぇ。お嬢様が施主ですだ」
「そんなこと知りませんっ! 嫌だと言ったら嫌です」
「お願いしますだ。そんで、あの男が喜多美神社の巫女さんから御守りを授かっていて、渡してぇそうだぁよ」
「何ですって? 喜多美神社の巫女さんって事は……めぐみさんねっ! めぐみさんが私に御守りを……分かりました。その時が来たら声を掛けて下さい」
「へぇ。有難う御座ぇますだぁ」
康平の作業も昼前には終わり、祥介と瞳と麗華が立ち会い、完成引き渡しとなった――
「麗華様。全て作業は終わりましたので、点検と確認をお願いします」
「康平さん、最後までお手伝いは出来ませんでしたが、私は充分満足しております」
「麗華様に手伝って頂いた御蔭で、こんなにも素晴らしい仕上がりになった事を誇りに思います」
「ありがとう……康平さん」
「こちらこそ、本当に有難う御座いました。旦那様、瞳さん、二度と敷居は跨がないと申しましたが、建物の瑕疵が有った場合や、メンテナンスにはお伺いする事が有るかもしれません。その時はよろしくお願い致します。それでは、私はこれで失礼致しします」
「あぁ、分かった。康平君、ご苦労だったな。気を付けて帰りなさい」
「へい、有難う御座います」
「待ってけろ、お前ぇ、お嬢様に渡す物が有るだろ? ほれ、アレを……」
「おーっと、肝心な事を忘れる所だったぜ。麗華様、御守りを預かって来ましたので、此方をお納め下さい」
康平は懐から御守りを取り出すと、麗華の手を取って渡した。そして、悲しそうに俯く麗華を見つめ、最後に別れの挨拶をした――
「これでお別れです。麗華様……」
康平は跪くと、麗華の手の甲にキスをした――
〝 さ よ う な ら ″
麗華は康平こそ運命の人だと確信して後を追い、門の外まで出て見送った。そして、祥介と瞳は言葉を失っていた――
「旦那様、見ましたか? 跪いただよぉ、間違い無ぇ、あの男だっ!」
「あぁ。瞳さん、その様だな。フッフッフッフ、はっはっは」
麗華は心の騒めきを押さえる事が出来なくなっていた――
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