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喧嘩をするのは仲が良い証拠。

 その沈黙を破ったのは七海だった——


「おい、ピ―スケ。テメー『手伝いましょうか』くらい、言えねぇのかよーっ! ったく、新入りのクセに態度デケぇな。おぉ!」


「あぁ、すまないねぇ。腹いっぱいだからよ、動きたくねぇんだ。食休みは大切だろ? ヒッヒッヒ」


「あんだと? タダ飯食って、ワインをガバガバ飲みやがって、アニキの舎弟だっつーから、気を使ってやってたのに、テメー調子に乗ってんなーぁ? こっち来いやっ!」


 七海はピースケの耳を掴んでねじり、立ち上がらせると、流しまで引っ張って行き、鍋を洗うように命じた——


「勘弁してくれよぉ、労働は嫌いなんだよぉ……」


「アニキっ! 此奴、シメてやんねぇとダメだおっ!」


「あぁ、すまん。七海ちゃんに任せるよ……」


「おーしっ、ちょっ、テメェいきなり金タワシでこすってんじゃねぇよっ! 鍋が傷だらけになんだろ―がっ! 優しくこびり付いた汚れを浮かして流し落として、金タワシはなべ底だけだっつーのっ!」


「ひいっ、分かりましたよぉ、おれにも優しくしてくれっつーの」


「真似すんな。舐めんな。おちょくってんのか? おぁっ!」


 七海は太腿の真ん中辺りに膝蹴りをした――


「痛い――ぃ。ちゃんとやっているじゃぁ、ないですかぁ。言う通りにしますから、暴力は止めて下さいよぉ……」


「あら? 七海ちゃんに飼いならされている。流石、元ヤンね。うふふふっ」



 後片付けが済むと、ピースケは七海の命令でコンビニにアイスを買いに行かされ、パシリとしての役割を果たすと、お開きとなった。ワインを飲んでいた事も有り、タクシーを三台呼んで、七海は狛江に、駿は武蔵小杉に、和樹とピ―スケは目黒方面へ帰って行った——



―― 十二月十八日 先勝 庚子


 祥介と瞳の意地悪は続き、次第に露骨になっていた――


「まぁ、あの男には尾原家は託せんなぁ。なぁ、瞳さん」


「うんだ。あんな、卑しい人間が尾原家を継ぐだなんて無理無理。到底叶わぬ夢物語ですだよ。まぁ、せいぜい犬小屋くれぇがお似合いですだ」


 〝 あ――っはっはっは。あ――――はっはっは ″


「ふたり共なんですか? 誰もそんな事を聞いていませんっ! 朝食の時間が台無しです! 康平さんがどんな人と結婚しようと関係ないでは有りませんかっ!」


「いやいや、只、尾原家との縁組は無理だと云う事だ。そうだろ? 瞳さん」


「へえ、ご尤もで御座いますだぁ。旦那様。あの男には庶民的で大人しく、甲斐甲斐しく世話を焼く様な優しくて、お人好しの女将さんタイプがベスト・マッチですだぁ。ふんがっははっ」


「瞳さん、使い慣れない横文字はお止めになったら? 似合いませんよ。ふんっ! 御馳走様でしたっ!」


 麗華は背を向けてテーブルを離れ、玄関に差し掛かると振り返って怒鳴った――


「大っ嫌い ですっ!」



 〝 バタ――ンッ!!! ″



 麗華が玄関のドアを閉めて出て行くと、祥介は昨日と同様に込み上げて来て、声を出して笑ってしまった――


「クックックック……フッフッフ、はっはっは、あぁ――――っはっはっは」


「旦那様、笑っちゃ、いけねぇだよ……でも、段々楽しくなって来ただよ」


「瞳さん、麗華のあの顔を見ただろ? はっはっは、あんなにムキになって、はっはは、小鼻とほっぺを膨らまして、顔を真っ赤にしていたではないかっ! はぁ――はっは」


「ぷっ、ぷはぁ、はははは、旦那様、あの男の嫁にふさわしくねぇって言ったのが効いただよ。耳まで真っ赤にして鼻息が荒かっただよ、がっはっは、ふんがっははは」



―― 作業現場


「康平さん、お早う御座います。ふんっ、ふんっ」


「お早う御座います……あのぉ、どうかなさいましたか?」


「どうもこうも有りません。康平さん、この先どうなさる気ですか?」


「どうするって、最後に欄干をベンガラで塗るつもりなんですが……?」


「仕事の話ではありません、私との関係をこれからどうするのか聞いているのです」


「麗華さん、関係と言われても……おいらにゃ、これ以上の事は出来ません」


「康平さん、そんな優柔不断ではダメですっ! ハッキリ仰って!」


「麗華さん、無理難題は言わない約束じゃないですか……」


「バカッ! 意気地無しっ! もう、手伝いませんっ!」


 麗華は康平にも背を向けて仕事を放棄して去って行った――


「旦那様っ! 大変だぁ、泣きべそ掻いて戻って来ただよ……」


「瞳さん冷静に。無視をしても怪しまれるし、からかうと大事になりそうだ。さりげなくやり過ごすのが一番だ」


 麗華はドアを乱暴に閉めると、無言で階段を駆け上がり、自室に閉じ籠ってしまった――



「あぁ――――っ! もう、皆、大っ嫌い! うぅっ……どうして康平さんまで……どうして『君の事が好きだ、君は僕の太陽だ、君こそ心の花。君と出会って僕の人生は輝き出した、君無しで生きられない、結婚しよう』って言ってくれないの?『新婚旅行は何処か南の島にでも行って、のんびりと愛を育みたいな。インペリアル・スイートよりもオーシャン・ビューの美しいコンドミニアムで上質な時間を君と過ごしたいな』とか『南の島も良いけれど、新婚旅行はゆっくりと時間を掛けて世界一周でもしながら、子宝に恵まれると良いね』とか、その位の事を言ってくれても良いじゃないのっ!」


 麗華の事が心配で、部屋の外で立ち聞きをしていた瞳は呆れて呟いた――


「あの男がそんな事を言える訳が無ぇっ! お嬢様は妄想が激し過ぎるだぁよ……ふぅっ」


 麗華の様子を見に行った瞳が戻って来ると、祥介が尋ねた――


「瞳さん。麗華の様子はどうだったね? 泣いていたかい?」


「へぇ、旦那様。南の島でインペリアルなスイーツを食って、美しいコンドームで避妊するのも良いけど、ゆっくりと時間を掛けてベッドで世界一周して子宝に恵まれるのが良いそうだよ……」


「何? 麗華がそんな事を? 妙だなぁ……」


「おらは心配だぁよ……」


「心配など要らぬ。夫婦になれば喧嘩もするのだ。ふたりで解決しなければならない事だ」


「だども、旦那様……」


「喧嘩するのは仲が良い証拠だ。放って置きなさい」


「分かりましただ。その様にしますだ」



 妄想が激しかったのは瞳の方だった――





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