死者と生者の縁結び ―辞令!地上勤務へLet's go!
快晴の青空に上弦の月が白く輝く地上とは打って変わって、天の国は少々、雲行きが怪しかった――
浜改田の海岸から、軌道エレベーターを使わずに戻った事が規則違反である事と、津村武史が「死者として此処に居ない事」の是非が問われた――
身辺整理のために津村を地上に戻す際に、確認のサインを貰わなかった事が「職務怠慢だ、重大な過失だ!」と憤慨し、神官の責任追及をする者も居れば「粋な計らいって奴だろ、このトンチキがっ!」と賛否両論、喧々諤々《けんけんがくがく》で八百万の神々はザワついていた。
めぐみはキッパリと言った――
「あの状況で、軌道エレベーターに乗って『じゃあの』とか言って、帰れると思っているの? 恋の女神が? そんな無粋な真似が出来ますかっ! それで神々の威厳が保てますかっ!『私は縁結命、恋の女神! ――さらば!』これで決まりでしょっ! 決まったでしょ!」
それでもまだ八百万の神々はザワついていた――
「そう言って、月の輝く天に昇って消えて行くから良いのよー、素敵!」
「それこそが粋ってぇーもんだな」
肯定的な意見が出たかと思えば、直ぐ様、反対意見が噴出した――
「恰好付け過ぎなんだよ! 大体、死者を連れて帰るのが筋だろうが!」
「神官はサインを貰い忘れるし、付き添いが恋の女神だなんて……もう、呆れて何も言えないわ!」
「しかも、縁を結んで来てしまうなんて、もう、無茶苦茶よ!」
事情を良く知る双子の巫女が仲裁に入った――
「今回は特別なエラー・コードが出た事によって現場対応が求められました。皆様も混乱している様ですが、四月一日から施行された働き方改革により、事故当日、お務めの者は神官三名、巫女が二名だけだったために、止むを得ず女神様に地上に降りて貰ったのです。又、サインについてですが、貰っても貰わなくても、結果は変わらなかった事をご理解下さいませーっ」
八百万の神々のザワつきは収まるどころか却って酷くなった――
すると、御本殿が真っ白い雲に覆われて行き、視界が無くなって真っ白な世界になった。
天国主大神の声が響いた――
「皆の者、本件は解決済みである」
八百万の神々は沈黙した。そして、平伏した――
再び天国主大神の声が響いた――
「縁結命には暫くの間、地上勤務を命ずる」
「どうっ」と風が吹いて雲が消えた――
めぐみは茫然としていた――
「そ、そっ、そんなぁー、いくら何でも酷いよ…………なんで私が地上勤務なの? せっかく、面倒な事件を解決したと思ったのにぃー、左遷と云うより追放じゃないの! もうっ!」と不貞腐れた。
神官が満面の笑みで耳元で囁いた。
「縁結命様……いいえ、鯉乃めぐみ様! 貴女様の地上でのご活躍、天国主大神様が大層お喜びで御座います! しかも、異例ですが『褒賞金』まで出てますぞ! 尚、この事は八百万の神々には内緒でお願いします。それでは、私は勤務の変更手続きと報告書の作成が有りますので、これで」
めぐみは天を仰ぎ、呟いた――
「マジかぁ……」
すると、後ろの方から「サシサシサシサシ」と衣擦れの音と「ザアザア、ザアザア」と玉砂利を踏みしめる音が聞こえて来たので振り返ると、双子の巫女がニッコリ笑って、神官から預かった褒賞金をめぐみに渡した――
「地上での活動資金にお役立てくださいねッ! 又、人手が必要な時には何時でも、私達が参りますので、御心配はいりませんわぁ」
めぐみは「相分かった!」そう言うと大きな巾着を抱え、軌道エレベーターに向って歩き出した。
神の命により、地上にて縁結びの任務が正式にスタートした瞬間だった――
津村は帰宅をすると、今度は本当の身辺整理を始めた。事業の譲渡と売却の準備を始めた。
――後日、株主の前で会見を開き事故の怪我は無く、精密検査の結果も異常無しで、健康そのものである事と、事業の整理の報告を済ませると、最後に婚約を発表した。
陽菜も同日、全校集会にて登壇した――
「職員と生徒の皆さん、私事ではございますが、この度、ご縁が有って結婚する事になりました――」
突然の「乙女ちゃん」の結婚報告に、構内は水を打ったように静まり返った――
生徒の誰かが「おめでとう!」と声を上げると大騒ぎになって、校長先生が「皆さん、お静かに!」と言っても歓声は鳴り止まなかった。そして、生徒達から祝福の暖かい空気に包まれて、幸せを感じていた。
津村の提案で結婚式は八月二十八日に決まり、夏休みも終わりに近いという事もあり、神前で挙式を済ませた後、披露宴は職員と生徒達の全員を招待して盛大に執り行う事になった――
――八月二十七日、結婚式の前日の朝。
津村は完璧にレストアしたカブトムシのコンバーチブルに乗って、四国を目指していた――
思い出の車に乗って陽菜を迎えに行き、披露宴が終わったら、その車に乗って、
そのまま新婚旅行に行く計画だった。
車は快調に走り続けた。そして、明石海峡大橋を渡る時だった――
「陸に住んでいたカメが海へ進出して。海中で早く泳ぐために手はヒレのように、甲羅は水の抵抗を受け難い流線形になり、甲羅の骨は隙間が多くなり軽くなった。ウミガメはこの進化の為にとても早く泳げるようになりました―― しかし、卵は海の中では死んでしまいますから、母ガメは産卵のために砂浜に上陸するのです」
津村は陽菜の言葉を思い出して、笑顔になった。自分がウミガメになった様な不思議な気持ちになり、故郷に向って走るカブトムシが心做しかウミガメの様に思えた。
暑い夏が終わり、新学期が始まれば教壇には津村陽菜が立っている――