竹見和樹の憂鬱。
あいにく和樹は不在で連絡が取れなかったので、メッセージを入れてケータイを切った――
「和樹さん……今、どうしているのだろう……」
めぐみは仕事を終えて帰宅をし、自転車を停めてアパートの階段を一歩上がると赤ワインの香りに胃袋が踊り出した――
「寒っ、寒っ、寒っ、寒っ、あぁ、この香り……堪らんっ!」
ドアを開けると、ドミグラスソースの香りと室内の熱気に、かじかんだ頬が緩んだ――
「ただいまっ! 良い香りが外までしてるよ、お腹空いたよぉ……」
「めぐみ姉ちゃんお帰りっ! あっシが丹精込めて七十二時間煮込んだビーフシチューだぜっ! しかも、牛タン入りだお」
「マジかっ!? おぉ、何と云う幸せ。七海ちゃん、有り難う!」
「ちげぇーよっ! めぐみ姉ちゃん、礼なら駿ちゃんだお。この日のために、駿ちゃんが材料を用意してくたんよー、ねぇー駿ちゃん」
「あぁ、まあね」
「駿さんが? まぁ嬉しい、ご馳になりますっ!」
七海が食卓にビーフシチューと焼き立てのパンを並べると、駿がワイングラスとワインを用意した――
〝 かんぱぁ――ぃ、いただきまぁあ――――――――すっ! ″
「旨っ! この滑らかな舌触りと相反す濃厚なコク……牛タンは舌で上顎に押し付けるだけで溶けてしまう……これは、美味。赤ワインのタンニンが口中の残味を切り、再びビーシチューを迎え入れるために舌を整えるエンドレス。良き、良き。口福っ!」
「めぐみ姉ちゃん、面倒臭ぇ―事、言うなっつーのっ! 良ーく、味わってね」
「でも、僕もこんなに美味しいビーフシチューを食べた事が無いよ。七海ちゃんは本当に料理が上手だね。良いお嫁さんになれるよ」
「えぇ、ホントにぃ? 駿ちゃんのお嫁さんになったらぁ、毎日、美味しものを用意するお」
「嬉しいなぁ、七海ちゃんとなら、きっと楽しい家庭が築けるだろうね」
「駿ちゅあ――ん!」
「おまーら、人の事忘れてイチャイチャすんなっ!」
「ごめんご。でも、アニキも来れば良かったのになぁ……あっシの丹精込めて作ったビーフシチューを食わせたかったぜっ!」
「めぐみちゃん。そう言えば、和樹ちゃんはどうしているの?」
「いやっ、私に聞かれても‥…あの後、仕事終わりにもう一度ケータイで連絡してみたけど、連絡が取れなかったの……」
駿はめぐみの耳元で囁いた――
「めぐみちゃん、つまり、地上にいないって事だよ。きっと、天の国に違いないよ」
「えっ、そう言う事?」
めぐみは神官に連絡をして、和樹の所在を尋ねた――
「もしもし。あの、めぐみです」
「これはこれは、めぐみ様。お久しぶりで御座います」
「お尋ねしたい事が有ります。そちらに和樹さんが居ますか?」
「はい。和樹様は只今、大法廷にて審議中で御座います。お呼び出しする事は出来ませんが、何か急用で御座いますか?」
「審議中?? 一体、何が審議中なのでしょうか?」
「はい。それが……先日、始末した人間の数と悪神の数が合わず、天国主大神様に呼び出されており、責任問題に発展中で御座います」
「えぇっ! そうですか……兎に角、地上に降りたら、私の所へ来るように伝えて下さい」
「畏まりました。それでは、私はこれで。失礼致します」
―― 天の国 大法廷
〝 武御雷神よ。始末した人間の数は六名、対して始末した悪神は三名である。空前絶後の大失態である事に反論はあるまいな ″
「ははぁ。この様な事が二度と無い様、留意すると共に、直ちに、その存在の確認をし、始末する事をお約束いたします」
〝 うむ、心強いのぉ。至急、逃げた悪神二名の行方を追うのだ ″
「はっ!? 畏れながら申し上げます、逃げた悪神は三名のはずで御座いますが……」
〝 逮捕した邪神が一名おる。その邪神と共に行動するが良いぞ ″
「天国主大神様、お言葉では御座いますが、邪神と行動を共にする事の真意が分かりません。どうか、ご容赦ください」
〝 ならぬ。今回の不祥事に八百万の神々の怒りは収まらぬのだ。死者のゾーンに居る邪神と共に、地上に戻るが良い ″
「ははぁっ!」
和樹は悪神を退治したにも拘らず、罰を受ける事に納得が出来ないまま、大法廷を後にした。すると「そっそそっそそっそそっそ」と足の音と「サシサシサシサシ」と衣擦れの音が聞こえた――
足音が迫るやいなや、双子の巫女が和樹の両脇をロックした――
「キャッハァーッ! 和樹さん、やらかしましたねっ! めぐみ様より言伝が有りますので。ささっ、此方へ」
「おいっ! オレは死者のゾーンに邪神を迎えに行かねばならんのだ……」
「大丈夫ですよぉ。時間はたっぷり有りますから。へけっ!」
社務所に強制連行され、到着すると神官が出迎えた――
「おー。これはこれは、和樹様。めぐみ様より言伝が有ります『地上に戻ったら会いに来る様に』との事。お伝え致しましたよ」
「はぁ、その地上に戻るのに邪神を一匹連れて戻らねばならんのだ……」
「おやおや、それは又、何故で御座いましょうか?」
「あのですねぇ、和樹様はぁ、派手にやらかしたのでぇ、天国主大神様がぁ、罰を与えので御座いますぅ。うふふふふふっ」
「笑い事では無いっ! せっかく悪神を退治したと思ったら、取り逃がしてこのザマだ。くそっ、あのライトニング・サンダー・ボルトを躱して逃げるとは……」
「そう云う事ですか。それなら尚更、めぐみ様に方法を教わらなければなりませんねぇ」
「めぐみさんに? めぐみさんが悪神を退治した事が有るとでも言うのか?」
「はい。もちろんで御座います。和樹様もご存知の事です。時を止めた事に邪神が気付かず、翼君の身体から走り出してしまった、あの日の事をもうお忘れですか?」
「あぁ、あのオフサイド・トラップは見事だった‥…だが、力の弱い邪神だけだったはずだが……」
「違うので御座います。あの日、グランドのチリとなった邪神の他にも悪神が居たのですが、入り込む人間に戻れずに消滅しております」
「それは、本当なのかっ!」
和樹は、めぐみが提出した、あの日の日報を読み返していた――
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