意地悪なふたり。
麗華と康平は瞳に呼ばれて、本館のラウンジで優雅なティータイムを過ごす事になった――
「おぉ、来たな。康平君、此処に座り給え」
「へい、有難う御座います」
「言葉使いがなってねぇっ! ハイときちんと答えるだっ!」
「こりゃ……じゃなくて、その、すみませんでした」
瞳が紅茶とスコーンを差し出すと優雅なティータイムが始まった。しかし、麗華は態度の異変に気が付いていた――
「これっ! カップの持ち方がダメだ。旦那様の前で、品の無ぇ飲み方をするでねぇっ! この、粗忽者がっ!」
「まぁ、瞳さん。働きに来ている人の労を労うならまだしも、そのような批判の方こそ品性下劣です」
「麗華っ! 瞳さんにそんな口を聞いてはならん。慎みなさい」
「父上まで、そんな事を云うなんて……信じられません」
「フッフッフ。信じられないのは此方の方だ。麗華、昨晩の振る舞いは何だ? 御曹子達を侮辱したそうでは無いか。大層、お怒りになっておるぞ」
「父上、私は母上の言い付けを守ったまでです。褒めて頂きたい位です」
「ふぅんっ。まぁ、良いだろう。私から、しかっりと謝っておく」
「謝る必要など、一切、御座いませんっ!」
その様子を見て瞳がフォローする様に、康平に意識を逸らそうと大きな声を出した――
「これっ! テーブルマナーも分からねぇだかっ!」
「は、はいっ、すみませんです……」
「まったく、人の焼いたスコーンを犬みてぇに食いやがってっ! どうしようもねぇ男だなぁ」
「瞳さん、どうして、そんな酷い言い方をするの?」
「麗華。出自出生は生涯付いて回るものだ。そうだね? 瞳さん」
「仰る通りで御座いますだ」
「まぁ、酷いっ! 何て事を……」
「まぁ、まぁ、麗華さん。おふたりの言う通り、出自出生は一生付き纏うモンで御座います。おいらは学もねぇし、家柄なんてぇモンはありゃしません。お恥ずかしい限りで御座います。腕一本で生きて行ける世界に居るのも至極当然の事です。旦那様、瞳さん。二十二日迄に仕事は終わらせます。二度と、このお屋敷の敷居を跨ぐ事は有りません。それまでの辛抱です。堪えておくんなさい」
康平が、もうひと口、スコーンを、食べようと手を伸ばすと、麗華がペチッと手の平を叩き、その手を強引に引き寄せると、立ち上がった――
「康平さんっ! 行きましょうっ! こんな人達と一緒に居ても気分が悪くなるだけですっ! さぁ、作業に戻りますよっ!」
「へっ、へいっ」
康平が手を引かれて引き摺られる様に歩いて行き、玄関に差し掛かると麗華が振り返って怒鳴った――
「不 愉 快 ですっ!」
〝 バタ――ンッ!!! ″
麗華が玄関のドアを思い切り閉めて出て行くと、祥介は込み上げて来て、声を出して笑ってしまった――
「クックックック……フッフッフ、はっはっは、あぁ――――っはっはっは」
「旦那様、そんなに笑っちゃ、いけねぇだよ……」
「瞳さん、麗華のあの顔を見ただろ? はっはっは、あんなにムキになって、はっはは、あんな顔を見た事が無いではないかっ! はぁ――はっは」
「旦那様、ぷっ、ぷはぁ、はははは、耳まで真っ赤にしていただよ、おらまで可笑しくなって来ただ。がっはっは、ふんがっははは」
本館のホールには、祥介と瞳の笑い声が何時までも響いていた――
「はぁ……嘆かわしい。康平さん、重ね重ねお詫びを申し上げます。本当に失礼な事を言って申し訳ありません」
「いやぁ、止めて下さい。麗華さんが謝る事じゃぁ有りませんぜ」
「あの様な……わざと傷つける様な事を云うなんて、酷いっ!」
「あのふたりが、あんな風に態度が変わったのは、麗華さんを思っての事ですよ……どうか、もう、これ以上は言わないでおくんなさい」
「康平さん、私は誰よりもあなたの事を……」
「もう、これ以上は‥…」
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「枯れ葉よぉー、枯れ葉よー、ふふふふん、ふふふふん。はぁ、掃いても、掃いても、終わりが無い旅路ね。まるで私の任務の様な……」
〝 ベン、ベン、ベン、ベン、ベン、ベン、べべベン、ベンッ ″
めぐみが参道の枯れ葉を掃除していると、鳥居の向こうから聞き覚えの有るベスパの排気音が聞こえ、顔を上げて振り向くと駿と七海の姿が見えた――
「めぐみ姉ちゃ——んっ! 迎えに来たぜっ!」
「七海ちゃん、お迎えが来たなんて、縁起でもない」
「違ぇ――よっ、あの世に行って、どーするのよぉー」
「めぐみちゃん、今晩は。仕事はまだ終わらないの?」
「駿さん、こんばんは。もう少しで終わるけど?」
「今夜は駿ちゃんと三人でビーフシチューだお!」
「あら、良いわねっ!」
「めぐみ姉ちゃん、最近、アニキ見ねぇ―けど、誘ったら?」
「そう言えば牡蠣鍋の時以来、和樹さんに逢ってないけど……連絡してみよっかなっ!」
「そうだね。それよりめぐみさん、その後、彼はどうなったの?」
「全く問題は無さそうですよ。神官からも連絡が無いし……どうして?」
「もう、とっくに薬は切れているからさ、ちょっと気になったんだよ。何も無ければそれで良いさ」
三人が談笑していると、丁度、仕事を終えた康平が棟梁に報告のために参道を歩いて来た。だが、何時もと違い少し寂しそうで思いつめた表情を、駿とめぐみは見逃さなかった――
「なんか嫌な予感がする」
「大丈夫、心配無いよ。もう心のランタンの炎は全開だよ。ここから先は、ふたりで乗り越えなければならないのさ」
めぐみは駿の言葉に安堵して、和樹に連絡を取った――
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