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恋をして何が悪い。

 祥介が瞳に伝えたのは、あえて交際に猛反対をする事で、ふたりの心を決めさせる本当に最後の試験だった――


「康平さん、上手に踊れましたよ。とても始めてだなんて思えない程です。うふふっ」


「本当ですかい? いやぁ、嬉しいなぁ。ダンスって、やってみると楽しいモンですねぇ。思っていたより体力も要るってぇか、汗かいちゃいましたよ。ふぅ」


「力が入っているからです。只、それだけの事ですよ。うふふふっ」


 時は過ぎ、お歴々の方々をひとりひとり見送ると、誰も居なくなったホールの照明は落とされて薄暗く、先程の賑わいが嘘の様に静まり返っていた。そして康平はキッチンの横にある家事室で、タキシードから作業着に着替えていた――


「ふぅ、しかし、肩が凝るねぇ。やっぱ、おいらにゃコレが一番だぜぇ。瞳さん、お借りしたタキシードは此処へ掛けておくぜ」


「おう。おいっ! お前ぇ、ダンスしたからと言って勘違いするじゃぁねぇぞ。お嬢様は尾原家の長女だ、お前ぇなんかとは、釣り合いが取れねぇ箱入り娘だ。変な気を起こしたら承知しねぇぞっ!」


 瞳が突然、態度を豹変させ喧嘩腰になり睨むと、康平の堪忍袋の緒が切れた――


「何だとっ! 黙って聞いてりゃいい気になりやがって、コンチクショーめっ! 前にも言った様に、おいらは施主に色目を使う様な真似はしねぇっ! 何度も言わせるんじゃねぇやっ!」


「本当だなっ! 嘘じゃねぇなっ! 嘘だったら、タダじゃ済ませねぇぞっ!」


「誰が嘘なんか吐くもんかいっ! ただし、誤解しねぇ様に言っておくけどなっ! 施主と大工の関係じゃなく、ひとりの男と女、人間同士が恋をして何が悪いんだぁ、おうっ! 横車を押そうってんならっ、そっちこそタダじゃ済まねぇぞっ! 覚えて置きやがれっ!」


 瞳はケツを捲って威勢の良い啖呵を切り、背中を向けて出て行く康平の背中が大きく見えていた――


「うむ。心を鬼にして煽ってみたけんど、恋の魔法が効いているだなぁ。この調子なら、プロポーズも成功しそうだぁよ」


 瞳の予想とは違い、駿の注射の効果は数日前に切れていた。康平は心を偽る事が無くなり、自分に正直になっていただけだった――




 ――  十二月十七日 赤口 己亥


 喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――


「お早う御座います」


「おはよう」


「おざっすっ!」


「あれ? そう言えば典子さん、クリスマスはどうしたんですか?」


「あっ、私? もう良いのよ。金さえあれば男なんて要らないわ」


「めぐみさん、典子さんはぁ、ロマンスよりもぉ、ギャンブルにロマンをぉ、感じるタイプなんですよぉ、最低なんですよぉ」


「あっ、何よその言い方。奢ってあげたでしょう? 競馬で勝った時のエクスタシーはエッチより上なのよっ!」


「した事も無いくせにぃ、結局ぅ、大騒ぎしてぇ、クリぼっちなんですよぉ」


「まぁ、まぁ。大祓まで頑張りましょう。うふふふっ」



 喜多美神社の補修工事も終わりが近付き、棟梁は最後まで気を抜かないでやり切る事を朝礼で皆に伝え、気を引き締めていた――


「おう、ところで康平。二十二日には工事が完了するが、お前さんの方はどんな塩梅だ?」


「へい、こっちもその位には終わらせます。安心して下さい」


「良し、それじゃぁ、頼んだぜ」


「へいっ!」



 尾原家へ向かう康平の足取りは軽かった――


「ふん、ふふふーん。思わず鼻歌が出ちまうぜっ! 棟梁には申し訳ねぇが、こちとら仕上げは終わってんでぇ。後は麗華さんとの甘い時を少しでも長くする時間稼ぎと来たもんだっ。名栗彫りをふたりで一緒に出来るなんて、嬉しいねぇ」


 康平は現場に着くと、麗華と共に作業に入った――


「麗華さん。この突きノミとちょうなを使ってウッドデッキの部分に名栗彫り加工をします」


「はい。康平さん、名栗彫りとはどのような物でしょう?」


「へい、今やって見せますので。この突きノミで、こんな風に……っと。薄く削って下さい」


「まぁ、せっかく綺麗に張った床を削るのは何故ですか?」


「へい、素足で歩いても気持ち良いですし、滑り止めにもなります。昔の日本人の知恵ってヤツです」


「はぁ、分かりました。では、やってみましょう。こんな風に……えいっ!」


「あぁ、お上手ですよ。その感じで、ずぅ――っと横に、展開して下さい」


 康平が麗華の後を追いかける様に削って行くと、綺麗な模様が浮き上がった――


「あら、綺麗。こんな風に波模様になるのですね。素敵……」


「本来でしたら、加工してから張るのが筋なんですがねぇ。まぁ、初めての共同作業ってヤツです。へい」


「康平さんったら、うふふふっ」




 祥介は仲睦まじく、作業をするふたりの姿を、本館の二階から双眼鏡で眺めていた――


「あんれまぁ、旦那様。そんな所で覗き見だなんて、いけねぇですだ」


「フッフッフ。瞳さん。今日から、あのふたりに徹底的に意地悪をするのだ」


「旦那様!? そんな事しなくても大丈夫ですだ。ふたりを支えてあげれば……」


「ダメだ。あのふたりは出会ってから、まだ二週間程ではないか。まだ本当の事は分らんよ」


「だども、旦那様……」


「瞳さん。昨日、言った様に、猛反対をして心を確かめるのだ。良いですね」


「分かりましただ……だども……」


「三時のお茶は、此処へふたりを呼びなさい」


「はい……その様に致しますだぁ」



 瞳は祥介の態度に戦々恐々としていた――




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