最後のテスト。
宴もたけなわになった頃、長椅子に座る麗華の周りを求愛する男性が取り囲み、代わる代わる耳元で甘い言葉を囁いていた――
「僕は君を一生、大切にするよ……」「貴方様を生涯守り抜きます……」「君を幸せに出来るのは僕しか居ないよ……」「僕と君なら世界で一番幸せな家庭を築けるよ……」「君と一緒ならどんな苦難にも耐えて見せるよ……」
麗華は優しく微笑みながら瞼を閉じて、死別した母の言葉を思い出していた――
―― 十年前
「誠に申し上げ辛い事ですが、近親者を集めて下さい。残念ですが、今夜が峠です」
「先生、嘘だと言って下さいっ! そんな事、信じられませんっ!」
「もう、これ以上は……」
「あぁっ……母上っ! うぅ……うぐっ……」
麗華は瞳の胸で号泣した――
「お嬢様。奥様は話したい事が有るだよ。確り、看取るだよ……」
「はい。母上にこんな泣き顔は見せられません。ごめんなさい、瞳さん……」
麗華はベッドの横に座り、細くて青白い、冷た手を両手で温める様に握った――
「麗華……あなたに、どうしても言っておきたい事が有るの……」
「母上、何なりと仰って下さい……」
「母では無く……ひとりの女性として、言っておきたいの……あなたは長女だから、婿を迎え入れて尾原家を守って行くつもりね……でも、長男が居るのだから……尾原家の事は忘れて良いのよ……あなたは……本当に心から愛する人と一緒になりなさい……あぅっ」
「母上っ! しっかり、無理なさらないで……」
「大丈夫よ……麗華……良く聞きなさい……僕は信用出来る男だとか……大切にするとか……甘い言葉を言う男性には……付いて行ってはいけませんよ……」
「どうしてですか? 大切にすると言う男性に付いて行くのが悪い事なのですか?」
「あなたは素直で良い子です……でも、人を信じ易いのが難点ね……あなたに言い寄って来る男性は皆……尾原家の財産が目当てなの……だから、信用してはいけませんよ……男性を見極めるには……方法が有ります……その方法は……うっ、はぁ、はぁ、ごほっ、ごほっ」
「母上っ! しっかりしてっ!」
母は遠のく意識の中、最後の力を振り絞って麗華の耳元でそっと囁いた――
「はい……分かりました、母上。言い付けを守ります……」
そうして家族の見守る中、天国へ旅立って行った――
「二十一時三十九分。御臨終です」
祥介は力なく跪き、瞳は溢れ出す涙と声を押し殺して悲しみに耐えていた――
「母上、生んでくれて有り難う御座いました、育ててくれて有り難う御座いました。この御恩は一生忘れません。どうか、天国から見守っていて下さい」
麗華は瞼を閉じたまま、最後のテストの時が来るのを待っていた――
「尾原様。何時見ても日本人の琴線に触れる見事な庭園ですなぁ。こうしてライトアップされると、その美しさが益々、鮮明になりますなぁ。実に美しい」
「あぁ、家元、ありがとう。妻に聞かせてやりたい。生きていれば今頃、もっと素晴らしい庭になっていたと思いますよ」
「尾原様。ところで、あの奥の立派な建物は一体何なのですか?」
「あれは、娘のサウナ・ハウスですよ。フィンランド製のデザインが調和がとれていなくて心配をしていたのですが……私がシンガポールで商談を進めている間に娘が宮大工に頼んで直したのです。そうだ、紹介しましょう。おーい、康平君、こっちへ来たまえ」
祥介の声に康平は驚いて飛び上がった――
「えぇっ! おいら……いや、私ですか……」
「これっ! 旦那様がお呼びだぁ、しっかりしろっ!」
「はいっ! 行って参ります」
康平は緊張のあまり、顔が赤くなり、難波歩きになっていた――
「ほほう、君があのサウナ・ハウスを……大したものだなぁ」
「いやぁ、全く同感です。帰宅してアレを見た時は、本当に驚きましたよ」
「有難う御座います。その様に高く評価して頂き、恐悦至極に存じます」
「おいおい、そんなに畏まらなくて良いぞ。どうだ、康平君。中で一杯やろうじゃないか」
「申し訳ありません。私、酒は一滴もやりません。二日酔いでは手元が狂いますので……」
「はっはっは。君は本当に堅物だな。職人気質と云う事だな。気に入ったぞっ! まぁ良いから付き合いなさい、ノンアルコールの飲み物でも用意させよう。はっはっは、はっはっは」
中ではワルツの演奏が始まり、来賓客は各々手を取り合ってダンスを始めていた。麗華に求愛する男性達もまた、我こそはと麗華にダンスを申し込んだ。すると、麗華は閉じた瞼を見開き、すっくと立ち上がった――
「皆様の優しいお心遣いと、温かい申し出に心より感謝申し上げます」
麗華はそう言って、オペラ・グローブを外して、男性達に右手の甲を差し出した――
「麗華さん、それでは私が……」
ひとりの男性が麗華の手を取りキスをしようと唇を近付けると、麗華は避ける様に右手を腰の位置まで下げた。すると、男性達の表情は一変した――
「どういう意味だっ! この私に跪けと云う事かっ!」
「失敬なっ! 侮辱も甚だしいっ!」
「歴史だったら僕の家系の方が上だぞっ!」
「チヤホヤされると直ぐに調子に乗るから女は駄目なんだっ!」
「生涯、尻に敷かれるなんて悪夢以外の何物でもないっ!」
先程の甘い言葉と打って変わって、本性を露わにした男性達は麗華に背を向けて去って行った――
「うふふふふっ、これが、最後の試験。母上、私は言い付けを守りましたよ、褒めて下さい」
瞳は、たったひとり佇む麗華を心配して、傍に来て肩を抱いた――
「お嬢様、そして、誰も居なくなってしまっただよ……」
「瞳さん、母上の言う通りでした……これで良かったのです」
麗華は清々しい気持ちで一杯になっていた――
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