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父帰る。

 ――  十二月十六日 大安 戊戌


 喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――


「紗耶香さん、あの日から典子さんの元気が無い様ですけど……」


「めぐみさん、典子さんはぁ、あのお金をぉ、貯金とぉ、投資に回したんですよぉ、でもぉ、欲が出てぇ、物足りなくなっているんですよぉ」


「そう言えば、あの変なおじさん、立川か多摩川か府中に居るなんて、漠然と言ってましたよね」


「めぐみさんはぁ、知らないんですかぁ? 立川は競輪、府中は競馬、多摩川は競艇なんですよぉ。ロクなモンじゃないんですよぉ」


「なるほどっ! さすらいのギャンブラーと言っても、意外と狭い範囲をさすらっている分けですね……でも、ロクなモンじゃないと言っても典子さんには天使の様な……」


「ガラス越しにぃ、チュウしてぇ、レロレロレロレロレロなんてぇ、ギャンブラーの上にぃ、変態なんですよぉ……」


 ふたりの話に、典子が反応した――


「聞こえているわよっ! めぐみさん、紗耶香さんの言う通りよ。でも……私……ギャンブル以外で大金を掴んだ事が無いのよねぇ。投資で溶かすのは博打でスル事より嫌だし、塩漬けなんて真っ平御免、積み立てNISAなんて、堅実過ぎてやってられない。ギャンブルはロマンなのよっ!」


「典子さん、でもロマンは有ってもロマンスでは……無いですよ、ね?」





 その日、尾原邸の作業現場では屋根の吹き替えが終わり、内外装の仕上げも殆ど終わりに近付いていた――


「いやぁ、お嬢様に手伝って頂いたお陰で、だいぶ納期が短縮出来ました、あと少しで完成ですよ」


「そうですね……」


「どうかしましたか?」


「康平さん、私はあなたと一日中、一緒に居たかったのです。お手伝いする事が結果として別れを早めるなんて……皮肉ね」


「お嬢様、おいらも愛する人のためなら『精一杯、良い仕事をしよう』と思って、そしたら、自分でも不思議なくらい力が湧いて来て、つい、張り切って仕事しちゃったモンですからねぇ……」


「康平さん。今、何て言いました? 愛する人のためならと……」


「はい。お嬢様、あなたのためなら、おいらはどんな事でも……」


「康平さん、麗華と呼んで下さい」


「麗華っ!」



 朝から恋の炎を燃え上がらせるふたりの抱擁を他所に、瞳の心は冷え切っていた――


「旦那様がお戻りになるだぁ……あの姿を見たら、お怒りになるだ。だども、責任はおらに有るだぁ……旦那様を説得しなけりゃなんねぇだっ!」


 麗華が康平と作業に夢中になっている間にお迎えの車は出て行き、そして、数時間後、静かに門が開き車列が戻って来た――


 〝 ブォ――――ンッ。バタンッ、バタンッ、バタンッ、バタンッ! ″


 運転手がドアを開け、車を降りると、瞳が出迎えた――


「旦那様。お帰りなさいませ。御無事で何よりで御座いました」


「あぁ、ただいま瞳さん。しかし、大袈裟だね? 戦争に行った分けでは無いのだ、無事に決まっておる。何か変わった事は無かったかね?」


「旦那様、その事なんですが……おらは、話したい事が有るだよ……」


 祥介は久しぶりの帰宅に周囲を見渡すとサウナ・ハウスの異変に気付いて見に行った。だが、麗華は周囲の事など全く意に介さず、車のドアの音にも気付かずに作業に没頭していた――




「ん? 何だコレはっ!」 


 麗華はその声に、やっと祥介の帰宅に気付いた――


「まあっ! 父上、お戻りなったのですね。お帰りなさいませ。こんなに早く戻るなんて、思いませんでした……」


「麗華、わしが帰って来ては不味かった様な言い方だな。コレは一体どう云う事だっ! 聞いとらんぞっ!」


「父上、これには分けが……」


 話し声に気付いた康平が、道具を置いて外を見ると麗華と祥平の言い争う姿が見えた――


「おっと、こりゃぁ、てぇへんだ。麗華さんの御父上に、きちっと挨拶しなきゃ……」



「母上の庭園とサウナ・ハウスの景観が合わなかった物ですから、私が無理を言ってお願いをしたのです」


「そんな事はどうでも良いっ! これは一体……」


「あの、お取り込み中の所、すみません。旦那様、初めまして、大工の丸山康平と申します。このデザインは……おいらが勝手にやった物でして、へい。お嬢様は何一つ悪くは有りませんので、悪いのはおいらなんです、申し訳有りません」


 頭に巻いた鉢巻を取り、深々と頭を下げる康平の前に祥介は仁王立ちになった――


「何ぃ? 勝手にやっただと?」


「父上……私が我儘を言って頼んだのです、ですから、私に責任が……」


「いやぁ、大した物だなっ! この様なデザインの物が無かったから、取り急ぎ発注したのだが、見事じゃないかっ! 康平君と言ったな、良くやった! でかしたぞっ!」


 麗華は祥介が怒ると思っていたが、予想に反して大好評だった――


「有難う御座います。旦那様にそう仰って頂けると、おいらも仕事をした甲斐が有ります。へい」


「父上に気に入って頂けて良かったです。うふふっ」



 ほっと胸を撫で下ろし、安堵するふたりの笑顔に祥介は怪訝な顔をした――


「しかし、麗華。お前は何故そんな格好をしているのだ? まさか作業をしている分けでは有るまいな」


「父上、私の我儘です。どうかお許し下さい……」


「いいえ、旦那様。おいらが、つい甘えちまったんで、お嬢様は何一つ悪い事は無いんです。へい」


 お互いを庇い合うふたりの態度を見て、祥介は直ぐに察しが付いた。そこへ、お風呂の準備と荷物を片付けた瞳がやって来た――


「旦那様。責任は全ておらに有るだよ。お嬢様がお手伝いをする事を許可したのはおらですだっ!」


「はっはっはっはっは。分かった、分かった。三人で庇い合うなんて、面白い。わしは何も怒ってなどいないと云うのに。いやぁ、実に面白い事が有るものだ。瞳さん、康平君の分も食事の用意を頼む。あっはっはっはっはっは」


 大きな声で笑い、何時に無く朗らかな笑顔の祥平の姿に麗華と瞳は唖然としていた――



お読み頂き有難う御座います。


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