現ナマに手を出すなっ!
その日、康平は朝礼には出ずに、現場に直行していた――
「康平、これなら唐草を工夫して、五段にして巻いた方がモダンで見たが良いんじゃねぇかなぁ?」
「へい、そうしてもらえりゃぁ、願ったり叶ったりですよ。でも、それじゃ……」
「心配するな。納期は守るからよ」
「有難う御座います。よろしくお願いします」
康平は屋根を板金職人に任せている期間に、内装とウッドデッキの施工をして完成させる計画だった。そして、本館では麗華がお手伝いをする気満々だった――
「ふふふ ふふ――ん、ふっ、ふん、ふっ、ふん。ふふふ ふふ――ん、ふっ、ふん、ふっ、ふん。今日も鼻歌は絶好調、曲名はヨハン・シュトラウスⅡ世、美しく青きドナウop.314。あぁ、自然に心の底から沸いて来るこの調べ……こんな体験はした事が無いわ……」
「お嬢様。鏡の前で御機嫌だと思えば、作業着なんか着てっ! ダメですよ、着替えて下せぇ」
「いいえ、着替えません。瞳さんは私は我儘だと言いました。私は暴君では有りません。私の責任で手伝うのです」
「そんな姿を旦那様に見られでもしたら、お怒りになるだよ……」
「御心配無く。父上は年内にお戻りなるか分かりません。それまで精一杯頑張って良い物を作るのです。父上も喜んでくれる物を……」
瞳は、反目している様でも心の底から父親を愛している事が分かると、何も言えなくなった――
「康平さん。お早う御座います、今日は何をすれば良いですか?」
「やっほ――ぃ! 嬉しいなぁ、お嬢様が傍に居てくれるなんて。やる気が溢れ出して、どんな事でもやってやろうってぇ、気になりますぜっ!」
「まぁ、うふふっ。どんな事でもなんて……私、無理難題は申しません。さぁ、仕事を始めましょう」
「へいっ!」
康平は駿の注射が効いていて、本心を勝手に言ってしまう口を押える様な無駄な抵抗を止め、流れに身を任せていた。そして、その様子を見ていた瞳は泣いていた――
「うぐっ、お嬢様があんなに溌溂としている姿を見た事がねぇだよ……あんな風に笑っている姿を始めて見ただぁよ……ぐっすん、すん、すんっ」
喜多見神社は神聖な空気と絶叫に沸いていた――
「五百三十四万円――――――っ!!!」
「そうなのよ。でも、元々山分けって話だったんだけどね……『三割で良いわよ』って言っちゃたのよねぇ」
「典子さん、そういう、意味じゃなくてぇ、そんな大金をぉ、貰ってぇ、後でトラブルになってもぉ、知りませんよぉ」
「そうですよ。それより、どうしてそんな事になったんですか?」
「めぐみさん、そんな事って言うけど、まぁ、出会いよ。出会い」
「出会い???」
「そう……あの日……彼は打ちひしがれていたの」
―― ジャパンカップ レース直前
「うっがぁ――っ! ダメだ、一度、迷ったら、もうダメだ……終わりだぁ……勝てる気がしねぇ……こういう時は神頼みも当てにならねぇ……日和っちまったぁ――っ! もう、お終いだぁ……」
「ちょっと、あんたっ! そんな所で蹲っていたら邪魔よっ! こちっは、負けっ放しで気が立っているのよ、どきなさいよっ!」
「うっせぇなぁ! 今、どいてやるよっ! 負けが込んでいるからって、他人に八つ当たりするんじゃねぇよっ!」
「はぁ? 八つ当たりとは何よっ! 私はこう見えて巫女なのよっ、この罰当たりがっ!」
「ん? 巫女さんが八つ当たり? 末広がりで縁起が良い『八』と『当り』がセットで、おまけに罰まで『当たり』かぁ……こりゃぁ、運が向いて来たぞっ!」
「何言ってるのよ。あんた、頭大丈夫? まぁ、負けが込んでも下向いちゃダメよ、私みたいに堂々と胸を張らなきゃ」
「そうなんだよな、やっぱ良い事言うなぁ……よう、巫女さん、賭けようじゃねぇか。三連複と三連単と、あんたならどっちだ? 」
「そりゃあ、三連単よ。決まっているじゃない」
「おっ、決まっているとは頼もしいねぇ。乗ったっ! じゃあ、どれ買えば良いんだ? うん?」
「そんな事、自分で考えなさいよっ!」
「なぁ……教えてくれよぉ、タダとは言わねえよ、一割? 三割、三割でどう? えぇい、ケチ臭い事は言わない、山分けでどうだ? 当たったら半分やるからよぉ、なぁ、頼むよ」
「良いわよ。それじゃあ、2-7-4の三連単っ!」
「おぉっと、と、二番人気かぁ……しかも、オレの一番嫌いな目だぜ。こんな時こそ絶対買わない物を買えって事だなぁ……よしっ、分かった! 行って来るぜっ!」
「行ってらっしゃ――い。ねぇ、当たったら三割で良いからねっ! 三連単で三割よっ!」
紗耶香とめぐみはその話に驚いた。そして、典子に問い質した――
「だったらぁ、典子さんもぉ、当たったんじゃないですかぁ?」
「そうですよ、そこまで言い切ったのですから、大当たりでしょう?」
「バカねぇ、適当に決まっているでしょ? 船橋オートに行った帰りに買った、ふなっしーのキーホルダーを付けていたから、274って言ったのよ。私が買う分け無いじゃないの……」
「典子さん、買う分けないってぇ、バカはぁ、自分じゃないですかぁ」
「そうなのよっ! そうなんだけどぉ、紗耶香さん、その結果がこれよっ! このお金は大切に貯蓄と投資に回すわ」
「典子さん、あぶく銭をぉ、生活費に回すとぉ、運に見放されるってぇ、世間ではぁ、言われているんですよぉ……ヒッヒッヒ」
「めぐみさんっ! 紗耶香さんが、このお金を狙っているのっ、助けてっ!」
「ヨロコビハ、ワカチアイナサイ。クライト、フヘイヲ、イウヨリモ、ススンデ、アカリヲ、ツケマショウ。アーメン」
結局、仕事終わりに紗耶香とめぐみと連れ立って銀座に行き「すきやばし太郎」で寿司をつまんだ。それは、安いお店をハシゴした勢いでホスト・クラブでシャンパン・タワーでもやられたら多大な出費になると警戒した典子のリスクヘッジだった――
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