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変なおじさん、現るっ!

 ――  十二月九日 仏滅 辛卯


 喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――


「あぁ、クリスマスまで二週間余りね。決戦は金曜日よっ!」


「典子さん、もう諦めて下さいよぉ、クリスマスの決戦て云うのはぁ、六月の夏越なごしの大祓からぁ、十月の大祭までにぃ、既に勝負は着いているんですよぉ。私もぉ、めぐみさんもぉ、大祓と元旦祭、その後に控えている成人祭にぃ、意識を集中しているんですよぉ」


「そうですよね。私達はキリスト教徒では有りませんから。でも、綺麗に補修工事が終わった拝殿で心あらたに新年を迎える事を思うと……感無量ですよねっ! うふふっ」


「まぁっ! ふたり共、そうやって直ぐに諦めて白旗を揚げてはダメっ! 気が付いたら私みたいになってしまうわよっ! メンズをゲットするのよっ! 最後まで諦めないでっ!」



 〝 コンッ、コンッ、コンッ。コンッ、コンッ、コンッ ″


 三人の巫女は、授与所のガラスを叩くその音に振り返ると、外には話を立ち聞きしている男が立っていた。髪は天然パーマでクルクル、ぽちゃっとした面立ちに、剃っても剃っても隠しきれない青髭、ぷるんっとした赤い唇に、少女漫画のヒロインの様なキラキラ星の大きな瞳を長いまつ毛が覆っていた――


 〝 イッヤァ――――ッ! キャァ――――――ッ! 変なおじさんよっ! ″


 悲鳴を聞いた男は、三人の巫女が自分に黄色い声援を浴びせているとポジティブに受け止め、飛んで喜んだ。そして、典子を見つめてニッコリ笑うと人差し指で自分の鼻を小刻みに指差し「オレだよっ! オレ、オレ」と合図をしていた。


「典子さん、変なおじさんがぁ、アピってますよぉ……」


「典子さん。お知り合いの様ですけど……心当たりは有りますか?」


「有る分け無いでしょうっ! 紗耶香さんも、めぐみさんも、私に振るの止めてよっ!」


 男は授与所のガラスに顔を寄せ、ぷるんっとした唇を突き出し、チューをする様な表情をした――



 〝 イッヤァ――――ッ! キャァ――――――ッ! コラ――ッ! ″



 そして、ゆっくりと瞳を閉じると、ガラス越しにぶちゅっとキスをして吸い付き、舌をレロレロして、ちらっと前歯が見えるその顔を、紗耶香がガラス越しに叩いた――



 〝 バァァァ――――――ンッ!! ″



「うっわぁー! ビックリさせんなよっ! おい、違うよ、あんたじゃなくってよぉ、そっちの年増の。おい、巫女の姉ちゃん、オレだよ。忘れちまったのか?」


「年増って……確かにクリスマス・イブは過ぎたけど、私はまだ二十五歳なのに……ぐっすん」


 しかし、典子は馴れ馴れしくって、懐っこい、その話声に覚醒した――


「あっ! あなたは……もしや、あの時のっ。ジャパンカップのっ!」



 典子が授与所から飛び出して、ふたりは目出度く再会となった――


「そうだよっ! やっと思い出したのかよぉ」 


「そうだったんだぁ、まさかねぇ、来るとは思わなかったわっ!」


 互いに腕を取り合い、反時計回りにグルグルとカゴメカゴメの様に回り、再会を喜んだ。その様子を見ていた紗耶香とめぐみはドン引きしていた――


「めぐみさん、あの人はぁ、典子さんのぉ、幼馴染? か、何かですかねぇ……」


「さぁ……いやぁ……違うんじゃない、かなぁ……」



 紗耶香とめぐみは、ふたりの話をそば耳を立てて聴いていた――


「随分探したぜっ! あんた、あの日、巫女だとしか言わなかっただろ? だから、翌日から手当たり次第に神社を回ってよぉ、もうダメだと諦めかけていたその時だぁ、途方に暮れているオレに「巫女が居る神社なら此処だろう」って、親切なババアが教えてくれてよぉ、案内までしてくれたんだ」


「そうだったんだぁ……でも、私はあの日のレースは全滅だったのよ、オケラ。だから、そのまま帰ったの。ゴメンね」


「何を言ってんだい、そんな事はどうでも良いんだよぉ。こっちは、果たさなきゃならねぇ義理だからよぉっ!」


「果たさなければならない……義理?」


「あらら? 忘れちまったのかい? 三連複か三連単か迷っているオレと賭けただろ? 三連単にしろって言ったじゃねぇか、オレと賭けたじゃねぇか」


「えぇっ! まさか……獲ったのっ!」

  

「そうだよっ! 2-7-4で1,780円! だから、その分け前を渡しに、わざわざ此処まで来たって訳よっ。がっはっは」


「本当に? 嬉しい。でも、あなたって見掛けに寄らず律儀なのねっ」


「あっはっは、見掛けに寄らずは余計だよ。オレは験を担ぐ人間だからよぉ、約束事を守らねぇのは『当てがハズれる』って意味だぁ。当たりがハズレるのは縁起が悪りぃからなぁ。こうしてキッチリと賭けの決まり事は守るんだ。おまけに当たるのが縁起が良いと言っても、ばちが当たるのは御免だからな。あっはっはっは」



 男はコートのポケットから分厚い茶封筒を取り出すと典子に渡した――


「えぇ! こんなにっ!」


「おうともよっ! 百万買ったからよぉ」


 男は茫然とする典子にウインクをすると背を向けて、授与所の中に居るふたりに声を掛けた――


「ようっ! 巫女の姉ちゃん達、邪魔したなっ。あばよっ!」


「ちょっと待ってよ、幾ら何でも、こんなに沢山、貰えないわよっ!」


 典子が男の前に立ち塞がり、手を取って貰った茶封筒を返そうとすると、男の表情は一変して二枚目になった――


「止めなっ! そいつはオレとあんたの博打のケリだ。受け取って貰うぜ。じゃあな」


「えっ、あっ、あの……せめて、お名前を……」


「問われて名乗るも烏滸おこがましいが、姓は山田、名は吾郎。ひとはオレの事を『さすらいのギャンブラー、生まれついての勝負師』だと云う……もし、オレに会いたくなったら、立川か多摩川か府中の何処かに居るぜ、あばよっ!」


 五郎は、だらしなくヨレヨレで皺だらけのコートの襟を立てると、枯れ葉の舞い散る冬の参道を風と共に去って行った――






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