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心の中で燃え続ける炎。

 麗華と瞳が神恩感謝の参拝で留守にしている間、康平は仕事に励んでいた――


「あのふたりが居ねぇお陰で、何だか今日は調子が良いねぇ、身体が軽いし、仕事が捗るぜ。朝飯前に昼飯迄だぁ、どうでぇ、我ながら感心するねぇ。お嬢様が気になって仕事に集中出来無かった事が嘘みてぇだぁ」


 しかし、ふとした拍子に麗華の事を思い出すと、心拍数が急激に上がった――


「おっとっと、胸が痛い、うぅ、苦しい……ちょっと調子に乗り過ぎたみてぇだな、チクショーめっ! はぁ、はぁ、休憩にするかぁ」


 心の部屋のランタンの炎は次第に大きくなると、駿の注射の効果が出始めて来た――


「あれぇ? 苦しくなくなった……それどころか、何だか力がモリモリ湧いて来たぞ? よぉ――しっ! お嬢様の為にもう一肌脱ぐかっ! ぺっ、ぺっ」



 康平は手に唾を付けると、鉋、のこぎり、ノミを自在に操り、一気に屋根を作り上げた。そして、板金職人に連絡を取った――


「あー、もしもし、康平です。大体、格好が付いたんで、えぇ、明日っから屋根の吹き替えをお願いします。はい。よろしくお願します」



 電話を済ませて、もうひと仕事していると、門が開き、神恩感謝の参拝に行った麗華と瞳が帰って来たのが見えた――


「おっと、お帰りになりましたねぇ。鬼の居ぬ間に仕事が捗り、ホッとしたぜ……」



 仕事が順調に進み余裕で作業をしていると、麗華と瞳がワゴンにお茶とお茶菓子を用意してやって来た――


「おーい、三時のティータイムだぁよ。手を止めてお茶にするだ」


「へい。有り難う御座います」



 後輩が屋根から降りると、シフォン・ケーキと紅茶が用意されていた――


「おっと、随分ハイカラだねぇ。わざわざこんな物まで買って来るこたぁ、ねぇんですよ。気を使わないでおくんなさい」


「バカタレ! お嬢様が早起きして焼いただよ。有難く食えっ!」


「お嬢様が? 有難う御座いま……ん? お嬢様、何で作業着を?」 


 康平が礼を言おうと振り返ると、作業着を着た麗華が立っていた――



「私も手伝います。そう言いました。同じ事を何度も言わせないで下さい」


 康平は駿の注射が効いていたので、思った事がそのまま口から出てしまった――


「本当ですかいっ! 聞いたかよ、瞳さんっ! 嬉しい事を言ってくれるねぇ。美しいお嬢様が大工仕事を手伝ってくれる。何時ものドレス姿は言うに及びませんがねぇ。どうでぇ、作業着姿も見事だねぇ、美しい人ってぇのは、作業着を着ても、可愛いですねぇ、惚れ惚れするねぇ。夢見心地たぁこの事だねぇ。大工冥利に尽きるってぇもんだぁ」


 康平は驚いて自分の口を両手で押さえた――


 〝 『何度も言わせないで』とはこっちのセリフです。施主にそんな真似はさせられねぇと、何度、言えば分かるんですかっ! 手伝うどころか、怪我でもしねぇかと、心配で気が気じゃねぇんですよ。足手まといになるだけです。堪えておくんなさい ″


 そう言ったはずだったが、口が勝手に動いて本音を言ってしまった――


「可愛い? 可愛いですか私? そうですか……尾原家には、作業着がこれしか無かったもので……ちょっと、恥ずかしかったのですが……実は、私も気に入っているんです。うふふっ」


 麗華は普段、人を叱ったり指導したり諭したりする事ばかりで、褒められる事が殆ど無く、康平の言葉が嬉しくて堪らなかった。そして、康平の態度を見た瞳は悟った――


「効いてる、効いてるっ! 無口でぶっきらぼうな、真面目だけが取り柄の一本気な職人が、ペラペラペラペラと立て板に水で喋っているだ。恋の魔法は本物だっ!」



「いやぁ――っ、美味い! この優しい口当たりはお嬢様そのものだぁ、フワッとした生クリームが紅茶の味を更に惹き立てるってぇ寸法だぁ、これ以上、味が濃ければ、紅茶の味が台無しだぁ、甘さ控えめな生クリームがサッパリと滑らかで……見事ですぜ、絶品ですよっ! お嬢様っ!」


「まぁ、本当ですか? 父上には何時も『この程度の物はお客様には出せないっ! 一流のパティシェの物を用意しろっ!』と酷く叱られるのですが……」


「そりゃあ、あれですよ。娘を甘やかしちゃあ、いけねぇってんで、心を鬼にしてキツく当たっているだけですよ。どうせ、そんな事を言った、その口でペロリと平らげちまうんでしょ?」


「えぇっ! はい。そうです、その通りです……どうして、そんな事が分かったのですか?」


「分かりますとも。男ですからねぇ。旦那様はお嬢様が可愛くてしょうがねぇんですよ。じゃなきゃあ、サウナ・ハウスなんて購入しませんよ。お嬢様が公衆浴場に行くなんて事ぁ、考えたくもねぇんです。親心ってぇモンですよ」


「そうですか……頑なになっていたのは私の方かもしれませんね……気付かせてくれてありがとう。康平さん」


「お嬢様っ!」


 何時の間にか、身を乗り出して話しに夢中になり、手に手を取って見つめ合う二人に、言葉は要らなかった――


「おらが居る事を忘れているだ。お嬢様……それで良いだよ。さぁて、後は旦那様をどう説得するかだなぁ。ふはぁっ、でも、何だか、淋しいだなぁ……」


 瞳は豆鉄砲を食らったゾンビから透明人間に格下げされ、悲しい気分になった。だが、何時かは別れの日が来る事を知っていた――





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