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突然の出来事 ―上弦の月と御守り。

 陽菜は午前中の授業を終えると一旦、職員室に戻り午後の授業の準備を整えると応接室に向った。


 何時もそこで昼食を摂った後、午後の来客の準備と清掃をするのが日課だった。


「コッツ、コッツ」と確認のノックをして「ガチャッ」と応接室ドアを開けると、甘く優しい香りに包まれた。


 持参したお弁当をテーブルに置くと、お茶を淹れるために給湯室へ行き、ドアを開けた。すると、可憐で美しいスイートピーの花束が花瓶に挿してあり、香りの正体を見付けて納得した。


 陽菜はお茶の用意が出来ると、給湯室を出てカーテンと窓を開けると、空気を入れ替えた。


 そして、不思議に思った――


「今日は午前中に来客は無かったはずだけど……」


 テーブルに着くと、お茶の香りを楽しんで、ひと口飲むと「ほぉーっ」と一息ついてリモコンのボタンを押してテレビを付けた。


 お弁当の蓋を開き箸を持って「さぁ、食べましょう」と思った、その時だった――


「お昼のニュースです。午前八時五〇分頃、第二東名高速道路、下り線の浜松SA付近で高齢者の逆走による事故が有りました。


 車を運転していたのは静岡県浜松市、浜北区に住む無職の吉田喜三郎、八十六歳で、正面衝突をされたオートバイの男性は東京都世田谷区在住の会社経営者、津村武史さん三十二歳で、津村さんはカリスマ経営者としても知られています。


 車両は大破しましたが、ふたりとも奇跡的に無傷でした。現場周辺は連続工事規制中で、管理側の過失も含めて、現在調査中です」


 陽菜はテレビの画面に釘付けになった――


 そこには、警察官越しに事故で大破した車とオートバイの前で、抱き合って喜びを分かち合う津村と吉田が映っていた。


 津村に連絡をしようとしてケータイを取り出したが、慌てて手が震えてしまい、操作に手間取っていると「リリン、リリン」とケータイの着信音が鳴った――


 驚いてケータイの画面を見ると津村武史と表示が有り、震える指で「通話」にすると「陽菜ちゃん!」と津村の元気な声が聞こえた。


 その瞬間、陽菜の記憶の底で「何か」が繋がった。


 津村は一方的かつ情熱的にしゃべり続けていた――


「お昼ご飯は食べた?」「オレの事故のニュース観た?」とか「正式にプロポーズがしたいから都合の良い日を後で連絡して欲しい」とか「保険会社の手続きが面倒なんだよ!」とか「吉田さんの車も全損扱いだから、オレが新しい車をプレゼントしてあげる事にしたよ」とか、とても交通事故の被害者と思えない大盤振る舞いに、笑いが込み上げて来て、思わず声を出して笑っていた――


 すると、身体の震えも止まって何時もの自分に戻っている事に気付いた――


「どうっ」と風が吹いて、煽られたカーテンが天井にキスをした――



 昼食を済ませると、給湯室の後片付けと部屋の清掃をして窓を閉めた。そして、可憐なスイートピーに「またねッ」と言うと、給湯室のドアを閉めて応接室を後にした――

 


 職員室に戻り、午後の授業に向うため椅子の背もたれに掛けておいたジャケットに袖を通し、職員室を出て渡り廊下を歩いていると「キン・コン・カーン」と昼休みの終了のチャイムが鳴り、生徒達が慌ただしくも静かに教室に吸い込まれて行くのがスローモーションの様に見えた―――



 陽菜が足を止めて空を見上げると、雲一つ無い青空に白く輝くお月様が見えた。


 そして「上弦の月か……」と呟いて、ジャケットのポケットに何気なく手を入れると、入れた覚えの無い「何か」が入っていた――


 そっと取り出し、手のひらを広げて見てみると、それは、見覚えの有るお守りだった。


 記憶の底で繋がった「何か」が―― その瞬間、確信に変わった――


 「めぐみさん!」

 

 そう呟くと、見えないお星さまが「キラッ」と光った――


  



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