愛とは、決して後悔しない事。
聞き覚えの有るその声と姿に女子大生は、奇声を上げた――
〝 キャァア――――――ッ! ″
「あなたは、この間の……」
「講師、こっ、この人です『言語道断』って、私達を怒鳴ったのは!」
「あら、あなたが、私の可愛い教え子を怒鳴った方なの? この私に『本当に人を愛した事が無い』ですって? あなたに何が分かるというのかしら? 小娘の分際でよくも、そんな事が言えたわねぇ」
「人を愛する事に小娘かどうかなど、一切、関係ありません」
「ほう、あなた御結婚していらっしゃるの?」
「いいえ」
「はぁ――っはっは。聞きましたか皆さん。結婚もしていない、自立すらしていない、人生経験の無い小娘の言う事など聞くに値しませんっ! 知ったような口を聞く物では有りませんよ。おっほっほっほ」
「ならば教えて頂けますか? 愛の無い年収二百億の方が病気やケガで収入が途絶えた時は? 破産でもしたらどうなさるおつもりですか? その豊な人生経験に基づいてお答え頂けますか?」
「その時は……話し合います」
「つまり、協議離婚。見捨てるのですね」
「見捨てるなどと人聞きの悪い……話し合って解決すると言っているのですっ!」
「ならばお尋ねしますが、結婚をしてから愛が産まれ、子供が産まれ、その子供がもし、醜い子だったら……どうなさるおつもりですか? その子供が優秀では無かった場合、愛する価値は有るのですか? 是非、御教示頂けますか? 私は結婚をしていない小娘ですので」
「あなた、失礼な女ねっ! 醜い子でも、優秀ではなくても、お金が有れば大抵の事は解決するのよっ!」
「どうするのかと聞いたのです。答えになっていません」
「あなたねぇ、お金が無ければな綺麗で上質な服も買えず、確りした教育も受けられない。それによって、満足な就職口すら選ぶ事が出来ず、あそこにいる底辺労働者の様になるのが現実ですよ? 私は真実を言っているのよっ!」
「真実ですって? 面白い人ねぇ。あなたの言う事が真実なら、愛する我が子が不慮の事故に遭い障碍者にでもなったら、他人様の子供と比べて、五体満足でないことを嘆き、次第に愛は冷め、憎しみに変わり、見捨てるのですよね?」
「そんな仮説に答える義務など有りません!」
「答えられないのですね。条件次第で増えたり減ったりする。そんな物は、愛では有りませんっ! 愛とは決して後悔しない事です」
「ぐむっ、ならば答えなさいっ! あなたはお見受けする所、大層なお金持ちのお嬢様の様ですけど、あそこにいる底辺労働者と結婚出来ますか? 出来る訳有りませんよね」
「いいえ。愛が有れば出来ます」
「嘘を仰いっ! 出来る分け有りませんよっ!」
「嘘など申しておりません、愛とは……地位も、名誉も、財産も、住む家さえ失ったとしても、最後まで残るのが愛なのです。そして、愛は決して誰にも奪う事は出来ません。どんな苦しみも災難も跳ね除け、心の中で燃え続ける炎、それこそが本当の愛です!」
黙って凍り付いていた女子大生達がその言葉に感銘を受け、氷解すると一斉に口を開き、麗華を賞賛した――
「素敵っ! 私もそう思いますっ!」
「私もっ! なんだか、生きる勇気が湧いて来たわっ!」
「そうよっ! それこそが真実よっ!」
「ぐぬぅっ……あなた達まで、そんな……もう知りませんっ! 勝手になさいっ!」
怪しいマナー講師は激怒し、生徒を残して去って行った――
「あんれまぁ『私の可愛い生徒』だなんて言っておきながら、見捨てて行っちまっただよ。尻尾を出して逃げ帰る女狐とは、この事だなぁ」
「瞳さん。狐を侮辱するのは止めて下さい。それから、あなた達。先日、私に注意されてマナー講師と共に参拝に来た事は立派です。でも、講師は確りと選ばないといけません。あの様な不遜なマナー講師が跋扈する世の中は殿方には災難としか言いようが有りません。分かりましたね」
「はいっ!」
遠くから耳を攲てて聞いていた職人達は大喜びだった――
「言い切ったねぇ『結婚出来る』ってよ……」
「じゃじゃ馬なんて、飛んだ思い違いだったなぁ」
「嬉しいねぇ、惚れ惚れする女っぷりだぜ、堪んねぇなぁ」
喜ぶ職人達を尻目に、生気を失い死人の様に落ち込んだ棟梁が呟いた――
「お前ぇたちゃ、何も分かっちゃいねぇ……底辺労働者なんて言われて、何がそんなに嬉しいんだ……この道一筋、五十年……まさか、そんな言われ方をするとはよ……俺は悔しいぜ……悲しいぜ」
「嫌だなぁ、棟梁。底辺だって言ったのは、あのババアで、お嬢様は結婚出来るって言ったんですよ。嬉しいじゃないですか。元気出して下さいよ」
誰の言葉であろうと誇りを持って職人の仕事をしていた棟梁は傷付いていた――
「めぐみさん、あなたの言う通り奇跡は起こりました。感謝申し上げます」
「いや、いや、そんな、そんな。私は何もしていませんから。奇跡が起きたのは麗華さんの日頃の行いが良かったからに違い有りませんよっ! うふふっ」
「めぐみさん、本当に有難う。ごきげんよう、さようなら」
「めぐみさん、お嬢様は恋の魔法に掛っているだ。後はあの男次第ですだ。よろしく頼みますだ」
麗華と女子大生は、すっかり仲良くなり、瞳はその後を付いて参道を去って行った――
「良い事を言うわねぇ。まぁでも、やっぱりお金よねぇ? だって、お金でしょ? キモメンのお金持ちと愛の無い結婚をするでしょ、そのお金で愛すべき若くて貧乏なイケメンを何人も囲うの。それが一番良いわよねぇ。それこそが女の夢よっ!」
「穢れているっ! 穢れまくっているっ! 典子さんはぁ、話を聞いていたんですかぁ? あー、もうっ、死ねば良いのにっ!」
「えぇ、死にますともっ! 死んでやるわよっ! 良い、紗耶香さん。若いイケメンが何人もで……代わる代わる責めるのよっ……後ろから前から、上から下よっ! スッゴイんだから」
「えっ!? 本当に? マジ……ですかぁ?」
「コラ――ッ! 紗耶香さんまで、想像すなぁ――っ! ふたり共、そんな事ではクリスマスは、ひとりクリクリですよっ! 男とシャンパンは抜けませんからっ!」
めぐみに叱られた典子と紗耶香は、声を揃えて叫んだ――
「いっやぁ――んっ! 男の、シャンパン抜きてぇ――――っ! すっ、ぽんっ!」
〝 きゃっはぁ――――――っ! ウケるぅ――――――っ! ″
喜多美神社の神聖な空気は――
ほんの少し穢れていた――
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