招かれざる客。
―― 十二月八日 先負 庚寅
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「もう、幾つ寝るとぉー、クリスマスぅー、クリスマスにはクリトリスぅー、クリクリクリクリ、クリリのリンッ! 早くぅ、逝くっ、逝くぅ、クリスマスぅ――うっ!」
「きゃっは! 酷い替え歌! ウケるぅー、あははっ」
「典子さん、慎んで下さいよぉ! めぐみさんまでぇ、そんな下品な歌でぇ、ウケないで下さいよぉ! 神聖な空気がぁ、穢れるんですよぉ」
「何よ、ちょっと位、ふざけたって良いじゃないの――だっ!」
「神の御前でぇ、下ネタなんてぇ、絶対に許さないんですよぉ!」
「あぁ、すみません。紗耶香さん、調子に乗って同調した事を反省します。もう許して下さい……ねっ」
「クリリのリンッ! なんてぇ、カワイイ風に歌うのがぁ、尚更、許せないんですよぉ」
「あら? 紗耶香さん、私がカワイイと何か問題でも? 今日はアレの日でしょう? ピリ付いているから直ぐに分かるわよ、ふんっだっ!」
「下の事ばっかり言ってぇ! あ――っ、もう、最低っ!」
「あーぁ……紗耶香さんが本当に怒っちゃったじゃないですか、典子さん謝って下さいよぉ」
「めぐみさん。良いのよ、放っておきなさい。直ぐに機嫌直すから大丈夫よ」
喜多美神社は不穏な空気と不協和音に包まれていた――
「良いですか皆さん、鳥居をくぐる前には一礼して下さい。そして、参道の真ん中は正中と呼ばれ、神様の通る道だと言われていますから、真ん中を堂々と歩いてはいけません。必ず、少し左右に寄って静かに歩いて下さい」
「はい。分かりました」
「手水屋では、ハンカチなどを取り出しやすい場所に用意して、この様に右手で柄杓を持ち、水を汲んで左手を洗い、洗い水が水盤に戻らないように注意して下さい。使う水はひとつの動作ごとに三分の一が目安です。左手に持ち替え、右手を洗い、右手に持ち替えて、左の手のひらに水を受けて、口をすすいで下さい。ひしゃくに直接口を付けてはいけませんよ。含んだ水を出す時は膝をかがめ、左手で口元を隠すとスマートでよろしいでしょう。柄杓を立てて、残った水が柄に流れるようにして柄を洗い、元のあった場所に伏せて戻して下さいね」
「はい」
「以上を1杯の水で済ませるのが美しい所作です。水をザバザバと浪費せず、心静かに行う事を心掛けて下さい」
「はい」
授与所に居た三人は、ヤリ手の女社長か、お金持ちのマダムといった雰囲気の女性に連れられて三人の女子大生が拝殿に行くのを見送った――
「ねぇ、紗耶香さん。ちょっと見てよ、この間の女子大生よ、ひとり増えてる。それに、あのおばさん。マナー講師にしては身なりが派手だし……アクの強いあの感じ……地雷な予感がするわねぇ」
「典子さんはぁ、偏見が強過ぎるんですよぉ、派手なおばさんはぁ、何処にでも居るんですよぉ。色んな人がぁ、お参りに来るんですよぉ」
「まぁまぁ。でも、紗耶香さん、帰りに此処に寄るかも知れませんから、心の準備はしておいた方が良いかも知れませんよ。うふふっ」
典子と紗耶香が何時もの様に自然に会話をしている事にめぐみが安堵したのも束の間。次の瞬間、戦慄が走った――
「めぐみさん、ごきげんよう」
「麗華さんっ!」
「めぐみさん、この間は有難うごぜぇましただ。神恩感謝に来ただよ」
「あぁ、そうでしたか。あはは……」
「では、後ほど」
瞳はガラス越しにサムアップをして、ウインクをすると拝殿に向った――
「何だか嫌な予感がするなぁ……」
怪しいマナー講師と三人の女子大生が、参拝を済ませて授与所に向かって歩いて来る時に事件は起こった。作業中の職人が、おが屑を払うと、丁度、後ろに怪しいマナー講師が居た――
「ちょっとあなた、何処を見ているのっ! 気を付けなさいっ!」
「こりゃ、すみません、気が付きませんで、あの、作業中の看板が見えませ……」
「失礼ねっ! 全く、これだから底辺労働者は嫌だわ。さぁ、皆さん行きますよ」
「はい」
授与所に着くと、三人の女子大生は早速、御朱印帳と御守りを購入したいと怪しい講師に申し出た――
「皆さん、御朱印帳はスタンプラリーでは有りませんから、必ず正しい物を購入して下さいね」
「はい。先日、此処を訪れた時に、ノートを取り出して酷く怒られちゃったんですよ」
「『言語道断っ!』ってね。それで結局、何もしないまま帰ったんですぅ……」
「まぁ、そういう人も居ますから。気を付けなくてはいけませんよ。おほほ」
「講師のお陰でぇ、こうして御守りも授けて頂いて。有り難う御座います」
「あぁ、早く、良い人が見つかると良いなぁ……」
「私も良縁に恵まれて、幸せな結婚が出来ると良いなぁ」
「うん、うん」
夢見心地な女子大生達に怪しいマナー講師が尋ねた――
「皆さん、愛があって年収が200万円の人と、愛がなくて年収200億円の人なら、どちらを選びますか?」
「お金をとるか、愛をとるか……ですか?」
「たとえ収入が低くても、お互いに愛し合っている方が良いかなぁ……」
「うん、うん、私もそう思う」
「皆さん、バカね。 何も分かっていませんねぇ」
女子大生の意見を一蹴すると、真剣な表情で持論を展開した――
「相手の年収が低い場合はどんなに愛していても、ほかの人の生活を見る、ほかの人の住んでいるお家を見る、ほかの人が着ているお洋服を見る…すると、だんだん愛は失われていきます。でも、200億の人と結婚すれば、愛がなくても、尊敬と信頼はあるわよね。そうすると、次第に愛は生まれるのです」
「そうなんですね……」
「確かに、そうかも……」
「貧乏は嫌だもんなぁ、やっぱり、お金が一番大切なんですねぇ。分かりましたぁ……」
だが、納得して帰ろうとする怪しいマナー講師と女子大生の会話に看過出来ぬと割って入って来たのは尾原麗華だった――
「いいえ、間違っています。それは、本当に人を愛した事が無い人の言葉です」
その声に女子大生が恐る恐る振り向くと、背後には氷の様に冷たい視線で睨む尾原麗華がいた――
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