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恋は仕事の敵なんです。

 サウナ・ハウスに到着すると、大きな台車に木材の廃材を手際よく積んだ――


「お嬢様、大丈夫ですよ。これくらいのモンは、おいら一人でやりますから。へい」


「いいえ、遠慮など要りません。トラックで待っている人も早くしてほしいでしょう? さぁ、これを……」


「あぁ、すみません。でも、怪我でもされちゃぁ、こっちが困るんですよ。堪えて下さい」


 その様子をトラックの荷台から見ていた男が呟いた――


「あれ? 康平ちゃん、彼女連れかよ……もしかして、恋女房と一緒に働いてんのかぁ? 羨ましいねぇ……」


「おぉ? あんだ、あの野郎イチャイチャしやがってぇ、ふざけてんなぁ、持って来たらコツくれてやるっ!」



 〝 ガラガラガラガラ、ガラガラガラガラ、ガラガラガラガラ、ガラガラガラ ″


「お待たせっ! 材木はこんだけだからよっ! 後はガルバリウム鋼板だ。今直ぐ持って来っからよっ!」


 〝 ゴッツン! ″


「あ痛たたたっ! 何すんだよぉ、社長っ!」


「康平っ! 手前ぇイチャイチャ仕事しやがって! 天下の尾原財閥の仕事を請け負ったのは誰のお陰でぇっ! チャラチャラしってから、棟梁の代わりに食らわしたんだぁ。文句あっかっ! ビシッとしろいっ!」


「誤解ですよ、社長……」


「男が言い訳するなっ! 廃材を二人で持つのは許してやるが、台車を仲良くふたりで押してくるなんてぇ、こんな所を尾原様に見られたらどうすんでいっ! 手前ぇ、申し開き出来ねぇだろっ! おうっ!」


「だから、その……尾原様なんですって……」


「何だって? この野郎、嘘も大概に……」 


社長がもう一発食らわそうと拳を揚げると、康平の前に麗華が立ち塞がった――


「尾原麗華です。ごきげんよう」


 にっこり笑みを湛える麗華と、顔が引きつった社長を見て、助手が笑いだした――


「あはははっ、社長もそそっかしいなぁ、バツ悪りぃや、はっはっはっは」


「御見それいたしました、尾原様。知らぬ事とは言え、失礼いたしました。コラッ! 笑うんじゃねぇ、恥ずかしい」


 助手の頭をもう一発ガツンと殴ると皆で笑った。そして廃材の搬出が全て終わり、トラックに手を振り見送った――



「お嬢様。何だか、手を煩わせた上に失礼をして、本当にすみませんでした。この通りです」


 康平は申し訳なさそうに、頭の鉢巻きを取り、深々と頭を下げた――


「いいえ。皆さん気持の良い人達ですね。職人の気っ風と言うのでしょう?」


「あっ、いやぁー、そんなぁ、気っ風だなんてぇ、照れちゃうなぁ」


「康平さん。照れる事はで有りませんよ」


「いやぁっ、すみません。ですけど、お嬢様。産廃業者のトラックにハンカチを優雅に振って見送るなんてねぇ……おいら、見た事も聞いた事も有りませんよ。あのふたりには勿体ねぇや、チクショーめっ!」


「さぁさぁ、無駄口は止めて。仕事に戻りますよ」


「へいっ! あれれ? 何だか棟梁みてぇだなぁ……」



 康平は現場に戻り、直ぐに作業を始めた――


「綺麗に片付いたから、仕事がやり易いぜ。順調、順調」


 ところが、数を当たると一本余計に切り出している事に気が付いた――


「あれ? 何やってんだよ、余計な事をしちまったなぁ……お嬢様と居ると気が散っていけねぇっ! 恋心ってぇのは仕事の敵だぜ」


 しかし、作業に集中しようとすればする程、麗華の事が頭に浮かんで消えなかった――


「可愛かったなぁ……あの、作業着姿。きっと、恋女房と手に手を取って仕事をするってぇのは、あんな感じなんだろうよ。はぁ……好きなっちゃぁ、いけねぇと分っていても、あの瞳で見つめられると心臓はドキドキするし、何だか夢見心地になっちまうんだよなぁ……」


 すると、突然、背後から声がした――


「康平さん、手伝います。私は何をすれば良いのですか?」


「おっと、お嬢様っ! いらしたんですかい? ダメですよ。施主に作業なんかさせられねぇと、何度言やぁ分かるんですかい。堪えておくんなさい」


 麗華は康平が何を言おうと、作業をするのが楽しくて仕方かった――


「これは、墨壺? これはかんなね。のこぎりにも色々あるのですね」


「あっ、いや、お嬢様。そんな物に触っちゃいけませんよ」


「これはノミね。良く手入れがされていますね。こんなに沢山、必要なのですね」


 麗華はノミを一本手に取ると、綺麗に研ぎ上がった刃先に心奪われた――


「良く切れそう……あっ!」


「お嬢様っ! おっと、血が出ているじゃありませんかっ!」


 康平は慌てて麗華の指を口に咥えると、傍に有った綺麗な手拭いで止血した―― 


「言わんこっちゃない、切っちまったじゃないですかっ!」

 

「ごめんなさい……康平さん」


「麗華さん、早く瞳さんに診てもらって、きちんと手当てをして下さい。分かりましたね」


「はい……」


 見つめ合うふたりに言葉は要らなかった。駿の恋の魔法が効き、心の部屋のランタンに小さな灯りが点くと、注射の効果がゆっくりと、確実に出始めていた――



「お嬢様、その手はどうなさっただ? 怪我をしているじゃぁねぇですか、早く消毒して絆創膏を、いや、包帯も要るだっ!」


「瞳さん、ご心配を掛けて申し訳ありません。でも、大丈夫、掠り傷よ。このままで良いの。うふふっ」


「良いわけねぇだよ、お嬢様、お嬢様っ!」


 麗華は手拭いを巻いた手を翳し、嬉しそうに階段を登って行った――





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